犬笛日記

それは犬笛のような魂の叫び

キラキラリア充軍団と合コンをした話

衆議院の解散風が吹き荒れている。
野党が頼りないのをいいことに、与党はやりたい放題だ。

 

頼りない側の野党が「格差是正」だなどと叫んだところで、なんだか説得力に欠ける。
貧乏人が「世の中金じゃない」と言おうが、ブスが「人間顔じゃない」と叫ぼうが、ただの負け惜しみとして消化されてしまうのが世の常である。

 

かといって、成金に「金がすべてじゃない」とか、イケメンに「見た目よりも中身が大事だ」などと、安全圏から綺麗事を言われたところで、人の心は救われない。それどころか、多くの場合は嫌味として受け取られてしまうことだろう。

 

よく、IQの差が20以上あると会話が成立しなくなると聞くが、これはIQに限らず、様々なパラメーターに言えることなのだろうと思う。同じ穴のムジナ達が作るムラ社会を生きる私たちは、よそ者には厳しく、格差が作り出す国境線は色濃く線引きを作り上げている。

 

このような外交問題の解決手段として、最初に用いられるのが「対話」である。

 

私の友人にして我が党の外務大臣である難ありアラサー。彼の後輩に「圧力」をかけ、キラキラリア充軍団との合コンをセッティングしてもらうことに成功した。

会社の先輩という経済的優位を用いた圧力が対話を実現するのだから、なんだか皮肉な話である。

 

幹事となった後輩くんは、体育会出身のモテ筋イケメンズを集めてくれると公約を掲げてくれたので、こちらも背水の陣で対話に望む身を切る覚悟をもった3名を追加で集めて新党を結成した。新党のテーマは希望。古いしがらみホモ社会からの脱却を図る。

 

めでたく新党入りしたこのトリオ漫才はいたく張り切っており、「どうしようどうしよう。とりあえず掴みはチリソース手マンの話でいいかな?」などとまったく意味のわからない対策会議を1ヶ月前から重ねていた。

 

後輩の幹事くんは期待以上の頑張りを見せ、イケメンを9人も捕獲してきてくれた。5対9。完全にこちらが野党である。

 

当日は強い雨が降っており、自軍の誰かが「たしか桶狭間の戦いも雨だったわね...」と呟いていた。2万5千の大群を率いた今川軍に、圧倒的不利な状況だった織田軍が奇襲により勝利を納めたという歴史的にも有名な戦いである。

織田軍が奇襲で勝利を納めたように、私たちもキスで勝利をもぎ取れんじゃない!?などと期待に胸と股間を膨らませながら、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

私たちにはまず、一つの不安があった。

キラキラリア充軍団が、自分たちを見た瞬間に冒頭解散を宣言したらどうしよう、という懸念である。

その場合は、私と難ありアラサーが「大義がない!」と批判しながら牛歩戦術で時間を稼いでいる間に、トリオ漫才が女の壁を作って妨害しよう、と決めていた。

 

しかしそこは流石のキラキラリア充軍団。リア充らしくニコニコしながら登場し、我々を見ても顔色一つ変えないというパーティーピーポーぶりを発揮してくれた。しかも、顔面レベルが期待以上に高い。自軍は完全に色めき立っていた。

 

我が軍の漫才トリオの内の1名は「不倫以来はじめてちゃんとした恋ができるかもしれない!わたし前は妻子もちの男と不倫してたの!でも大丈夫!相手にLINEの表示名を『串カツ田中荻窪店』にされてたから!」などと何が大丈夫なのかまったく分からない興奮の仕方をしていた。

 

 

ニコニコしているパーティーピーポーとはいえ、流石に緊張しているらしく、彼らは終始ニコニコしてはいたが、口数はそれほど多くはなかった。

 

ニコニコしていれば無条件に社会に受け入れられてきた者たち。きっと彼らには想像もつかないだろう。面白い話をし続けるという生存戦略を取らざるを得なかったホモたちの気持ちなど。厳しく辛いホモ社会をなんとか必死で生き抜いてきた私たちはもう、ニコニコされているだけでは不安になってしまう身体になってしまったのだ。爆笑を、爆笑をもぎ取らなければ...!

 

 

最初に動いたのはトリオ漫才だった。

「あんた何年彼氏いないんだっけー?」と1人がパスを出すや否や、振られた側の29歳が待ってましたとばかりに「10年だよ!オメェらが中二の頃から彼氏いねぇんだぞ!!」と24歳に向かって叫んでいた。

 

 

マジかよこいつら...事前に計算してきたのかよ...と私が呆れつつも感動していると、一瞬の隙をついた難ありアラサーが「姐さんは何年いないんだっけ!?」とすかさず私めがけて凄いパスを出してきた。澤穂希かと思った。

 

「31年だよ!!!!!」

 

 

私は叫んだ。点が欲しかった。例えそれで、何かを失うことになったとしてもだ。

ずっと喋り続けていた漫才トリオでさえ黙って目頭を押さえるほどの、感動的なシュートだった。

どんな時であっても、澤先輩のパスを無駄にするような私であってはいけないのだ。

 

 

私が点数と引き換えに失ったものに対する想いを巡らせていると、とにかく点数を取りたい漫才トリオはすかさず次のフォーメーションへと動いていた。

 

「私たちは水戸商業高校出身なの!校歌はMINMIのシャナナ☆なんだよ!」

 

もはや何がしたいのか分からない。

漫才トリオだけがゲラゲラ笑っていた。オウンゴールをしたのに点数を取ったと思って勘違いして喜んでいる。

 

しかし、澤先輩のカバーは早かった。

 

「姐さんの母校は!?」

 

私はよくしつけられた犬のように、すかさず答える。

 

「平成手コキ女学院です!偏差値は70。キャンパスは歌舞伎町の雑居ビルの一室にあるの♡」

 

今度はパスの前に余裕があったらしく、事前に目配せまでしてきやがっていたので、我ながら完璧なシュートを決めることが出来た。

 

いける。勝てる。もはや何のために戦っているのか分からないし、勝利の先に何があるのかなんて考えたくもないけれど、一度アスリートになってしまった人間はもう、そのフィールド以外での生き方が分からないのだ。

 

 

あと一点でハットトリックだ。次で決める。今宵のバロンドールは私のものだ。

決意を固めたところで、『串カツ田中荻窪店』がイケメンに「ねーねー。電車何線なの?」と質問していた。動き始めたのだ。最後のゲームが。

 

丸ノ内線だよ」

 

「へー...丸ノ内線なんだー...」

 

 

...

 

 

え!?

 

おわり!?

 

その会話必要だった!?

 

 

何なのこいつ?何がしたいの?おかしくなっちゃったの?いやもともとがおかしいわけなんだからこの場合は正常になっちゃったってことなの?普通の女の子に戻っちゃったの?安室奈美恵なの?完全にchase the chance見失っちゃってますけど!?

 

 

この事態に思わず難ありアラサーも目を丸くしている。まさか味方に奇襲をしかけてくるとは。ハットトリックへの道筋に串カツ田中荻窪店が立ちはだかる。

 

 

 

この難局を切り抜けるには野党共闘しかない。私は今こそ司令塔となる。

 

隣に座っている難ありアラサーに私に対して同じことを聞かせよう。

パスは待つものじゃない。させるものなのだから。

 

そしたら私は「文系に見える理系の人専!この中に文系に見える理系のブス専の方はいらっしゃいませんかー!?」と呼びかけよう。ここから好みのタイプ大喜利が開始するはずだ。そしたら後は漫才トリオあたりがなんとかするだろう。

 

 

固まった計画を実行に移すために、難ありアラサーに「姐さんは何線?って聞いて!」と素早く耳打ちした。

 

あとは彼が指示に従うだけ...なはずだった。

 

 

奴はそれを聞くや否や、目を見開いてこちらを二度見しながら「待ってwwwwww笑いに対して貪欲すぎない?wwwwwww何しに来てんの?wwwwwヤバいwwwwwwwwwwww貪欲wwwwwwwww」と手を叩いて1人で爆笑しだした。

 

 

コイツ...支配欲が強すぎて、自分の意思でパスは出せても、人の指示で動いたことがないのか...ていうかどの口で言ってやがるんだ...

 

 

絶望の淵に立たされた私が呆然としていると、リア充軍団は普通に会話を再開しており、

 

「こいつナイモン*1 のレベルが59もあるんだよねー。」

 

「でも俺ナイモン新しくはじめたんだよね。レベルが高すぎて恥ずかしいから。今はレベル7。」

 

などと貴族の会話を繰り広げていた。モテが財産のホモ世界における貴族。

 

「へー...アンタもナナっていうんだ...」と心の中で反芻しながら、以前23歳のホモにその言葉を伝えた際には世代の壁に邪魔されて伝わらなかった苦い思い出を振り返っていると、なぜか携帯にトリオ漫才の一人からのLINEが届いたことに気づいた。

 

 

 

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もはや何が起こっているのか分からない。

私たちは今まで、ただの自己満足を重ねていただけだったのだろうか。

よく考えたら、私と彼らとの間にはナイモンのレベルに20以上の差がある。会話、成立していなかったのかもしれない。

 

 

 

流石にトリオ漫才も焦ったのか、好きな歌手の話という当たり障りのない会話をはじめていた。

誰かが「倖田來未が好き」といった瞬間、難ありアラサーがすごい反射神経とドヤ顔で「江沢民(コウタクミン)!?」と言いながら1人で爆笑していた。どんだけ笑いに貪欲なんだとさっき私に言ったその口で、である。


だが、次の瞬間、考えるよりも先に、「じゃあ私の天安門も開放しちゃおっかな♡」とナイモンLv59イケメンに向かって口走っていた自分がいた。そんな自分を客観視しながら、一体私たちはどこを目指しているのか、という疑問が頭を駆け巡っていた。ビジョンがないのは、どこの野党も一緒なのだなぁ...と実感した経験だった。

*1:ホモ用SNSアプリ。その人物のモテ度に応じてレベルが上がる。レベル59というのはかなりのハイレベルで、その人とSEXしたいと意思を表明している人が、わかっているだけで4000人くらいいるということだったりする。

【読書感想】サイコパス(中野信子)

サイコパス (文春新書)

サイコパス (文春新書)

 

今よりももっと人生に迷走していた頃、某人材採用コンサルティング会社の採用試験を受験したことがある。面接試験が異常に得意な私はあれよあれよと最終面接まで生き残り、最後に役員からお決まりの「何か聞きたいことはありますか?」という質問を受けるに至った。

 

私の希望職種は、転職希望者に仕事を斡旋する、いわゆる転職エージェントだったので、まずはそのKPIについて尋ねるなどし、彼らの評価指標が「転職成立者の数」であることを確認した。

 

その上で、どうしても気になっていた問いをその役員へと投げかけた。

 

 

「転職相談者の中には転職の意思がハッキリしていない人も多いだろうと思う。仮に私が転職エージェントとなって、ある日、目の前の相談者の話を聞くうちに、この人は転職をしない方がいいと感じたとする。私はどうすべきなのか。」

 

 

金銭を得るための労働はボランティアとは違う。利益を稼ぐことが使命のコンサルタントにとっては、目の前の顧客の契約を成立させることに全力を注ぐことこそが正義なのだろう。

───この人はきっと今の会社にいた方がいいような気がするけど、転職に興味が湧いたという心に嘘はないはずだし、新しい道に進むことが悪だなんて誰にも言い切れないわけだし、、

なんていう風に、自分の中に湧き上がる違和感に言い訳で蓋をして、良心に目を瞑って仕事を続けた先で、胸を張って生きていくことが果たしてできるのだろうか。

 

そんな考えから湧き出た質問だった。

 

 

その役員は、池上彰もビックリするくらい「いい質問ですねぇ...」と10回くらい言いながらこう答えてくださった。

 

 

「そういう場合は転職をさせない方が良いです。何故ならば長期的に見た場合にその方が良いからです。そういう選択は必ず後の結果に響く。」

 

 

 

流石は役員といった感じで、倫理的にはとても正しい回答だと思う。 日経ビジネスあたりの取材にはこう答えるのが間違いなく正解であろう。

 

私はというと、口では「なるほどー」とか答えながら、頭の中は、本当に?本当にそうなの?そんな単純な話なの?という気持ちで溢れかえっていた。

 

今ここでそんな言葉を頂いても、実際に仕事をはじめてノルマに追われるうちに、そんな志はどこかへ行ってしまうのではないか、という疑問を拭い去ることが出来なかった。単に自分の弱さが明るみにでた、ということなのかもしれない。

 

 

結果、せっかく内定を頂けたのにその話は辞退させてもらった。その最終面接を受けた10人ほどのなかで唯一内定をもらえたらしく、フォローもかなり手厚くいい感じであり、会う人もみんな性に合っていたので、勿体無いことしたかもなー、と今でも時々思い出す。ただ、その度に、自分にも良心というものがそれなりにちゃんとあったのだなぁと安心したような気持ちにもなる。

 

 

このような良心を持たない存在であると言われているのが「サイコパス」と呼ばれる人々である。

 

一般にサイコパスというと、猟奇的な殺人鬼を連想する人も多いことだろう。しかしそれらはサイコパスの一部に過ぎない。

 

 

本書は、サイコパスという存在について、どのような特徴を持つのか、なぜ存在するのか、という点について脳科学進化心理学の観点から様々な研究結果を通して紹介がなされている。

 

脳科学の研究結果によると、サイコパス扁桃体という脳領域の活動が一般の人と比べて低いことがわかっているらしい。扁桃体とは人間が考えるよりも先に本能的に活動する際に最も早く反応する部分で、ここの働きが強いと、恐怖や不安といった情動を強く感じやすいのだそうだ。即ち、サイコパスは恐怖や不安といった情動を感じにくく、逆に理性や知性が働きやすいというわけである。

加えて、眼窩前頭皮質という相手に対する「共感」を持つことで衝動的な行動にブレーキをかける部位や、「良心」によるブレーキをかけたり、物事を長期的な視野に立って計算する内側前頭前皮質という部位の活動が弱いケースが多いこともわかっている。そのため、普通の人ならば躊躇してしまうような冷徹だが合理的な判断を平気で行ったり、長期的な損害よりも目の前の快楽を重視する傾向が強くなったりするのである。

 

ゆえに、合理的な判断が必要になる経営者や、冷静さが重要となる外科医などはサイコパスに向いており、実際に割合としても多いらしい。合理的に利益を追求する転職エージェントとかも、そうなのかもしれない。

 

本の中では、スティーブ・ジョブスマザーテレササイコパスだったのではないかという考察も紹介されており、 本当に優秀なサイコパスは人たらしも上手に演じてしまうのかもなぁ、と変に関心してしまったりする。

 

 

進化心理学とは、人間が持つ心理メカニズムの多くは生物学的に環境に適応した結果こうなったものだと仮定して、研究を行うアプローチである。

その理屈で言えば、サイコパスが絶滅せずに今もなお存在しているのは、彼らの存在が人類にとって必要だったから、ということになる。

 

実際に今も世界の中には、殺人を行う者が英雄扱いされる種族があったり、サイコパスの方が行きやすい社会も存在するらしい。生きていくための資源が豊富にある環境では、人は協力をしなくても生きていけるため、そういう風に最適化されていくのかもしれない。

 

一方で、生きて行くための資源を得るのが困難だったり、災害が多い環境においては、人は助け合わなければ生きていけない。そういう社会においては、集団における協力体制が強固でなければならない。こういう社会はサイコパスにとっては生きにくく、逆に、他人に対して共感を持つ能力が発達した人間が多く育つ。だから、日本は欧米などに比べてサイコパスの割合が少ないのかもしれない。また、日本人は他人の顔色を伺いがちだといわれる所以もこのあたりにありそうである。

 

 

私は嘘くさい共感というものが嫌いだった。
そういうのは全部、その本人の弱さから来るものだとずっと信じて疑っていなかった。

ところが、である。

この本を読んでいると、他人の頭の中は、自分が理解していた気になっていたよりもずっと、自分の知らない刺激で溢れているのかもしれないなぁと感じる。

合理的な判断ができることが良いことなのか、暑い共感を抱くことが正義なのかが、どんどんわからなくなる。利益を追求するエージェントと、相談者の気持ちに共感するエージェント、どちらが優れているのかなんて、判断できない。どちらが正しいのかなどと考えることにさえ、意味がないような気がしてくる。

 

ただ、賢い生き方を探ることには大きな意味があると思う。

人間関係がどんなに面倒臭くなっても、好む好まざるに関わらず、付き合っていかなければいけないシーンというものはいくらでも存在する。 そんな時に、「まぁ脳が違うんだからしょうがないかぁ」と割りきって考えられるようになれば、結構楽になれる気がするので、まずはそこを目指そうかな、と思う。 

 

東大生VS平成手コキ女学院

職場の上司が小学四年生になる娘さんに、世の中は不公平なのだ、ということを教えるかどうか悩んでいる、と言っていたので、そういうのは言わなくても勝手に気づいていくもんじゃないですかねぇ、などと答えておいた。

遅かれ早かれ、嫌でもいつかは分かってしまうようなことは、気づいた時にはすでに手遅れでした、ということにだけはならないように、上手いこと道を指し示してあげておくのが親の役目なんじゃないかなぁと思う。私は親にはなれないけれど。

 

 

人が最も不幸を感じるのは不平等を身をもって感じたときなのだそうだ。幸せも不幸も、比べるものがあってはじめて実感できる。そう考えると、この世は不幸で溢れている。それらは時に、はっきりと姿を見せる。

 

私が最もそれを感じる瞬間の一つが、東大生と接した時だ。あそこには日本で一番、輝かしい未来を持っている人間が集まっている。大人への階段を登りきる直前の、最強の子供たち。

人は大人になると同時に、それまで待っていた可能性の大部分を失ってしまう。だからこそ、彼らの持っているそれは、俄然光を放つのである。

 

 

だから、友人の難ありアラサーが東大生との合コンの話を持ってきたとき、わたしの心はとても高まった。

 

彼らの目に、世界がどう映っているのかを知りたい。自分が持っているものがどれほど大きい価値を持つのか自覚はあるのか。エリートもまたその比較の中で苦しんだりもがいたりしていて、結局人間はどこまでいっても同じようなことで悩み続けるんだよって少し安心するようなことも教えてもらえるかもしれない。優秀な人生を歩んで来たが故の、未来への閉塞感も抱いていたりしそうである。日本はもうダメだとか言い出してしまうかもしれない。でも自分は海外に行くから大丈夫だなんてことも言いそうである。私が東大生だったら絶対に言う。それを言うために東大を目指したんだって感じである。

 

優秀な頭脳を海外に流出させることを防ぐために、日本の楽しさを教えてあげることが、今回の私の使命だ。

 

 

難ありアラサーからの「ちゃんと予習しといてね」という指示を受けて、1ヶ月前からその日に向けての予習を開始することにした。

 

東大生たちは日頃どんな会話で盛り上がるのだろうか。私たちがマジカルバナナとかをしている裏側で、彼らはロジカルバナナとかに興じていそうである。

 

「今この瞬間において、日本にバナナは何本あるでしょうか?」などと突然フェルミ推定を要求してきたりするに違いない。

 

そしたら私はこう答えてやるのだ。

 

───この世にバナナが何本あろうと、私には、あなたのバナナしか目に入らないよ(きらりんウィンク)

 

優勝決定である。彼らをロジカルの向こう側に連れて行ってやる。

 

 

相手が全員東大生というキャラクターを持っているので、こちら側は全員平成手コキ女学院卒というキャラクターで臨むことにした。偏差値は80。自己紹介する際には、「一応手コ女です」と言うことにする。これで個性の大きさは五分であろう。

 

 

 

楽しい意見交換会のはじまりである。優勝目指して頑張るゾ!

 

 

 

意見交換会当日、東大生たちは時間より少し遅れて会場に現れた。てっきりキッチリ五分前行動をしてくると予想していたのだが、そこは流石のグローバル基準である。張り切りすぎて10分前に来てしまった私と難ありアラサーとは視野の広さからして違う。

 

 

東大生と言うので、てっきり実験に失敗した志村けんのようなボロボロの白衣に爆発した髪の毛みたいな奴らが来るのかと思っていたのだが、現れたのはビックリするくらい好青年な子たちだった。言われなければ、東大生だとは、しかもホモだなんて気づきっこない。

  

 

彼らはみんな感じが良く、聡明だった。人の言葉の意味を丁寧に救い取り、そこにまた自分の言葉を乗せて相手に差し出す、そんなコミュニケーションを難なくこなす。しかも、エリートとして自覚がある人間特有の癖のあるプライドが少ない。

 

誤解を恐れずに言うと、私が賢い人が好きなのは、加減を気にしなくてよくなるからだ。相手が何を知っていて、どこまで理解してくれているのかを確かめたり、時には勝手に想像したりしながら話すのは、どこかに枷がかけられているような、ゆるいプレッシャーがある。

 

自分よりも賢い人と話すときにだけ、その枷がとれ、話したいことを適当に喋っても許されるような気がしてしまう。

 

 

そうして枷を失った私と難ありアラサーが好き勝手喋りまくって悦に浸っていると、仕事で遅れて来た難ありアラサーの友人が到着した。これでやっと3対3である。

 

彼は席に着くなり自己紹介と称して我々にこう告げた。

 

 

───趣味はネカマです。

 

 

やべぇヤツが来た。

難ありアラサーの友人全員難あり説。

手コ女とか言って勝手にはしゃいで喜んでる我々とはわけが違うホンモノの変態である。

 

 

ドン引きしつつ「何が楽しいの?」と尋ねると「いやぁ...」と煮え切らない回答しか得られないので「流石に相手に実際に会ってみたりはしたことないよね?」と聞くと、「あるよ」との返答。 一体どのツラ下げて会いに行くというのか。

 

「会ってどうするの?なんかいいことでもあんの?」と畳み掛けるように全員で問いかけると「舐めたりしたこともある」ととんでもないことを言いだした。精神的に舐められているという事象と肉体的な感触をごっちゃにしているだけなんじゃないだろうか。

 

この話にどこまで突っ込んでいいのか考えあぐねていると、本人が「俺の話はいいんだよ」などと言い出したので、この話はここで終わらせることにした。この世には開けない方が良い蓋もあるのだ。綺麗なものだけを見て育ってきた東大生たちにとっても、良い勉強になったはずだ。

 

 

今日学んだことを活かして将来は世界をよりよくするためにがんばって働いて、俺らの老後を楽にしてね!難民支援とかしてみよ?まずは早速シリアナ(尻穴)難民を救ってくれないかな?という打診も行ってみたものの案の定華麗にスルーされ、合コンは平和的に幕を閉じた。

 

二次会、三次会、と進むにつれてみんな訳がわからくなってきていたが、翌朝から予定があるという1人は早々に帰宅し、難ありアラサーとネカマと残り2人はオールをする勢いになっていた。

 

私は少し悩んだが、オールは嫌いなので終電で帰ることにした。

 

 

山手線のホームまで辿り着くと、偶然にも先に帰った1人が地べたにあぐらで座り込んで電車を待つ姿が見えた。

日本の満員電車に対する座り込みデモである。

みんなが立って電車を待つ中、1人先頭で堂々と座りこんでいる。彼は3人の中でもとりわけ研究に熱心そうな子だった。

普通の人が当たり前のように諦めて迎合してしまうことでも、自分の意思を貫く人たちがいる。世界を変えてしまうのは、いつだってそういう人たちだ。この人もいつか、世界の常識を覆すような研究をするのかもしれないなぁと感慨にふけっていると、誰かに肩を叩かれた。

 

 

振り返るとそこに、酔っ払ったミス蒲田がいた。

 

 

説明しよう。ミス蒲田とは難ありアラサーの学生時代からの友人であり、彼がゲイライフ界の師と崇めている人物である。ちなみにミス蒲田というのは彼の自称らしい。

聞いてもいないのに、「私はあえて蒲田に住んでるの!あえての蒲田!」と喚くという特徴を持つ。

 

一緒に電車に乗り込み、隣に座って今日は東大生と合コンをしてきたとミス蒲田に自慢すると、彼は聞いてもいないのに「エリートだからいいってもんじゃないの。エリートなのにちんぽが汚いってのに興奮するの」という謎の人生哲学を語り出した。

ミス蒲田の隣には見ず知らずの女子が座り、友達と電話で話しているようだった。電車内なのにマナー違反だなぁ...これだから最近の若者は...と日本の未来を憂いでいると、彼女は何やらこっちをチラチラ見ながら「ねぇどうしよう...」と電話で友達に訴えていた。

 

我々にマナー違反を指摘する権利など微塵もなかった。まずい。流石にこれはまずい。

私の焦りをよそに、ミス蒲田の人生哲学は止どまることを知らず、「今日はクラブに行ってきたの。あそこは男に触られるところを楽しむところ。嫌な相手だったら払えばいいの。それだけ。」などと独自のクラブでの行動術まで語り出していた。

 

流石の私も苦笑いすることしかできずに、東大生の方に振り返るも彼は完全に熟睡していた。誰も蒲田を止められない。

 

世界を変えるのは案外、ミス蒲田のような人間なのかもしれない。

この世にはロジカルだけでは太刀打ちできない相手がいて、偏差値だけでは表せない偏りがある。

大人も子供も東大生も、みんなが不公平の作る制約の中でもがいているこの社会では、ミス蒲田のような、制約を無視してしまえる人間が最強なのかもしれない。 

田舎の高校生だった男、ホモの合コンを開く

予備校も進学塾もないド田舎で生まれたので、自分がスタートラインにすら立てていないことにも気づかずに育った。勉強は得意で成績はよかったのだが、何の疑問も持たずに近所の高校へと進学した。ほとんどの人間が卒業と共に就職する、受験という言葉に縁のない環境。それが自分にとっての当たり前だった。

 

そこには温厚な化学の男性教諭がいて、ここの生徒は伸び伸びしていてとてもいいなぁと口癖のように言っていた。都会の生徒にはない魅力が、ここの子供にはあるのだと。

 

ある日、彼がキレた。授業中に私語が止まないとか、そういうくだらない理由からだったと思う。


大人しく私語だけ注意してればいいものを、その日は虫の居所が悪かったのか、彼の怒りは簡単には収まらなかった。


そして彼は、田舎の高校生連中を相手にこんなことを言い放ったのである。

 

───だいたい皆さんは本当に自分の人生がそれでいいと思ってるんですか?車が好きだからガソリンスタンドで働きたいとか、他の選択肢を考えた上で言ってるんですか?整備工場に努めたいとか、車の設計をしたいとか、自動車メーカーで働きたいとか、もっともっとたくさん選択肢があるのに、どうしてそんなに簡単に決めちゃうんですか!?

 

誰かがこの人にガソリンスタンドへの進路希望を提出したのだろうか。そもそもここでそんなことをバラしていいんだろうか。。などとボンヤリ思いつつ、高校生だった私はこの独演会からかなりの衝撃を受けた。

 

教師であろうと大人は他人の子供に本音なんて話していないんだということが分かったし、自分たちは不幸なんだなぁと思った。

 

人は口に出さなくとも人間に序列をつけるし、自然に他人を見下したり蔑んだりする。

 

 

あの日からだ。

 

 

社会的な成功が欲しいと願うようになったのは。

 

薄っぺらい綺麗事が気持ち悪いと思うようになったのは。

 

新しい世界に行こうとしない人たちを見下してしまうようになったのは。

 

 

何にもない場所で、幸せになる努力もせずに、幸せって言い聞かせながら人生を終えるような、そんな生き方はまっぴらだと思った。そう思わないといけない気がした。

 

 

 

あれから色々あって、もしかしたら、周りの人よりも大分不恰好な生き方をしてきたのかもしれないけれど、誰もが名前を知っている大企業に入って、お金に困らない生活が出来るようになった。

 

他人が当たり前のように持っているものが、自分にはない、ということがたくさんあった。それをひとつずつ埋めて行く、というような毎日を過ごして、やっと目的を果たせたと思えるところまで来た。

 

やっとここまでこれた。高校生の自分が今の自分を見たら、安心してくれるかな。すごいって言って、喜んでくれるかな。

 

 

目指していた場所にたどり着けたと思えたとき、これから何をしようかと考えたら、そこから先が全然見えなくて、次にどこを目指したらいいのかが分からなかった。28歳が終わろうとしていた頃だった。

 

 

そして私はゲイの世界へのデビューを果たした。

 

世間の求める正しい生き方を手に入れることができたと思えてやっと、自分の生き方を探れるようになったのかもしれない。一生懸命世間を追いかけたところで、自分から逃げ切ることはできなかった。

 

ゲイの世界は免許更新センターのような場所だなぁと思った。様々な職業や社会身分の老若男女が一同に会するその場所は、世間の縮図のようだと比喩されることがある。そしてそれぞれに孤独な場所だ。

 

今までに色んな場所で、たくさんの人と接してこれた経験から言えることは、どこにでも好きな人もいれば嫌いな人もいたということだ。それはゲイの世界でも一緒で、世間で使われる区分けよりも、自分の気持ちに従った方がしっくり来るような気がしている。

 

 

 

 ...ということを、先日合コンを開いたときに思い出した。

 

はじめてホモの合コンの幹事をしたのだが、私の友人(以後、難ありアラサーと呼ぶ)が、酔っ払って暴言を吐きまくってしまったのである。

 

事件は誰かが彼に「好きなタイプは?」と質問した瞬間に幕を開けた。

マズい。酔っ払った難ありアラサーにその質問はマズい。

 

───賢い人!

 

私の焦りをよそに、彼は意気揚々と答え始めた。

 

───賢いって言っても色々あるけど、どんな?

 

終わった。と思った。

 

───まず絶対に譲れないのが大卒!MARCH以上!お育ちがいい人!あとはいい会社に入って評価されてる人!いわゆる就活の勝ち組!バカと話してても時間の無駄だって思っちゃうんだよね!バカと話す意味ある?ないでしょ!?ない!!!!!!

 

聞いてもいないことまで答え始めて一人で反語まで完成させてしまっている。当然のことながら周囲はドン引きである。本当は割といいところもあるのに、今日の参加者の目には学歴厨のクソ野郎にしか映っていないことだろう。私自身、自慢できるほど綺麗な経歴というわけでもないし、育ちがいいとも言えないので、複雑な気持ちの中、他人のふりをするしかなかった。幹事だけど。

 

 

この難ありアラサーは化学の先生とは違って、綺麗事を言わない。そこが好きなところの一つだし、信用できるポイントだとも思っているのだが、その結果がこれだ。世間を穏やかに生き抜いていくためには、建前を上手に使うことも必要なのかもしれない。成熟した大人になるということは、心の毒を隠せるようになるということなのか。

 

 

暴言を繰り返す難ありアラサーとは他人のふりをしながら、化学の先生のことを思い出していた。

彼が日常的に使っていた建前。思わず漏らした本音。

本音の方だけが彼のすべてだと思っていたけれど、建前の方もそれはそれで、彼の本心だったのかもしれない。少なくとも、それも含めて彼の魅力だと評価すべきだ。

 

今の自分があるのは、多少なりとも彼のおかげもあるわけで、それはもしかしたら、彼が意を決して放った本音のおかげなのかもしれない。

 

嘘はつかないで欲しい。けれど、厳しい本音は聞きたくない。そんな考えは、幼い子供のエゴだったのだと思う。

 

 

そんなことを考えながら、難ありアラサーの方に目を向けると、彼は最後に、

「でも結局一番大事なのは顔ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」

と叫んでいた。

何が嘘でどれが本当かも分からないような世界で、これほど本音だと確信できることが言えるのもすごいなぁと思いながら、この合コンの終わりを噛み締めた。

24会館へゆく!

言い訳とは時に、私たちを強くしてくれるものである。
臆病で弱い私たちは、行動の責任をすべて自分で背負い込むほど強くはない。

勢いにのまれて仕方なく...どうしてもって頼まれてつい...
そういう言い訳が使えるとき、プライドが息を潜めてくれる瞬間がある。

 

ハッテン場に行こう!と彼は行った。
24会館!と彼は続けた。
7階建てで楽しいよ!ハッテン禁止の普通の休憩所もあるから安心だよ!犬笛さんの好きそうな若めのイケメンも結構いるよ!!彼はまくしたてた。


自分に言い訳をするには充分だった。

ちなみに、人間は自分がしでかしたことは状況のせいだと考え、他人が行ったことはすべてその本人の人格のせいだと思う傾向を強く持つ生き物なのだそうだ。

言い訳で欺けるのは結局自分だけなのである。それでも、それだけで充分だと思える夜だってある。31歳の春がはじまりかけているような夜だった。

 

24会館。
ホモであれば名前を聞いたことのある人間も多いその場所は、新宿2丁目にそびえ立つ有名な発展場である。

発展場とは、まぁ、ゲイが自由恋愛を楽しめる場所である。
そう考えると、新宿2丁目も、この地球だって、広大な発展場なのである。

 

24会館が他の発展場と異なる大きな特徴として、年齢制限を設けていないという事項があると聞く。

性欲をむき出しにする高齢者を前に、わたしは平静を保てるのだろうか。


でも、若いイケメンもいるって友達も言ってるし、若い人といい感じになっていれば、高齢者だってきっと、あとは若い人同士で...とかいって気を利かせて席を外してくれるはず。大和魂ってそういうことでしょ?

自分だって歳はとるわけだし、誰にでも人を好きになる権利はあるわけだし、そういう差別に注意を払うことが、ゲイとして生まれた自分の密かな責務であるなとも思うわけだし。


それがろくでもない経験だろうと、たくさんの景色を見た人間の方が厚みのある人間になれるはずだ。やらない後悔よりもやって後悔!いざTWENTY FOUR。今宵のジャックバウワーは私だ。



わたしはこの日現金を残り300円くらいしか持っておらず、ATMも翌朝午前8時まで受付を停止してしまっていたため、友人に金を借りるしかなかったのだが、何故だかわたしを発展場に連れて行きたくて仕方がないらしい彼は快くOKしてくれた。

実は、彼がはじめてその身を男に捧げてから、まだ半年くらいしか経っていない。それまでは、SEXなんて怖い!などと言っていたくらい、とても純情な人だった。27年間そうして生きてきた彼が、この半年間で驚くほどに変わってしまった。高度経済成長時代の日本並みの変化のスピードである。

人を変えるのは時間ではなくて経験なのだと思う。高度経済成長時代に、日本を目まぐるしいスピードで変化させたのは、その原動力となった日本人であり、彼らを支えたのは、「頑張れば報われる」という経験だったのではないだろうか。

頑張っても報われない社会になってしまったと言われるようになって久しい。今日のこれからの経験が、これから先、自分を支えてくれるようなものになってくれたらいいな。そんなことを考えながら、発展場への階段を登り、その扉を開く。



入ってすぐに靴を預けるロッカーがあり、その先に受付がある。受付には愛想の悪いおっさんがいて、言葉ではなくて目で、先に券売機でチケットを買えと命令してくる。

券売機には入場料2900円の文字。思ったよりたけぇ。友人も同意見のようだ。彼はここには平日に一度来たことがあるだけとのこと。どうやら時間帯によって値段が違うらしい。土曜の夜。発展場にも需要供給分析があるのだなぁ、と変なところに関心していると、友人が何やら焦っている。


「どうしよう...1000円しかない...」


現金を持たない2人のホモが発展場の入り口に舞い降りた瞬間である。このままでは、新宿2丁目で震えながら朝を待たねばならない。

どうしよう。その辺のおっさんに色目を使ってお金を恵んでもらおうか。ホモの食物連鎖。そういうことが出来てしまう自分にエクスタシーを覚えているようなホモを一定数知っている。

だが私も友人も、そんなことができるほど、心はまだ麻痺してはいない。それ以前に、色目の使い方なんて分からない。普段は色眼鏡をかけて世間を見下しているくせに、こういう時に限って眼鏡がどこかに行ってしまう。


仕方がないので、近くで飲んでいる別の友人に電話して3000円ずつ拝借することにした。

発展場の入り口で3000円ずつ借りるホモ。色目を使って誰かに貢がせるホモや貢ぐホモとどちらがとれだけ惨めなのだろうか。



気を取り直して受付へ。友人は携帯を充電してもらうらしく、300円ほどかかるらしい。
いいなぁ。自分も充電したいなぁ。でも300円ここで使ったら本当に無一文になっちゃうなぁ。この先襲われたときに、相手に投げつける銭すらなくなる。せめて生はやめてぇ〜〜!って訴える際に、コンドームを買う金すらなくなる。
そんな風に1人でブツブツ悩んでいたら、受付のおっさんが「2台一緒に預けてもいいよ。でも、預けた子が一緒に取りに来てね。」と、発展場に舞い降りた天使のようなことを言い出した。


ということで、自分の分も一緒に携帯を預かってもらう。友人とはぐれたら携帯を取り戻せなくなるので、「はぐれたとしても、翌朝7時には必ずここで落ち合おう」と、ジャックバウワーらしい約束を取り付けた。友人はさらに「もしも俺が戻ってこなかったら、携帯を取り返して1人で帰っていいから」などとすごくTWENTY FOURっぽいことを言い残してくれた。しかも死亡フラグである。


友人による24会館ツアーがはじまる。
受付があるロビー階が2階。普通に明るくて、まるで普通のスーパー銭湯である。受付をすませるとタオルと館内着の入ったバッグをもらえるあたりも、よりスーパー銭湯感を掻き立ててくる。

「2階にある休憩室はハッテン禁止の普通に寝れるところだから、最悪ここで寝ればいいから!」とのこと。 スーパー銭湯のように1人用のソファーが並んでいる。なるほど、眠くなったらここに来よう。


1階は立ち入り禁止。3階にお風呂がある。
なんと、普通の銭湯だった。
普通にシャワーで身体を洗って普通に湯船に入れる。わりと立派なお風呂である。
もうここが発展場であることなど忘れてしまいそうになる。
さっきから周りにも普通のおっさんしかいない。悪い意味でホモっぽくない普通のおっさん。見た目に気を使うことを諦め、家と会社の往復を繰り返すようなおっさん達。


わたしの不安さを感じ取ったのか、「4階に行くとさらに雰囲気変わるよ」と友人が言う。

上に行くほど若いイケメンになっていくファミコンゲームのようなシステムなのだろうか。楽しみである。


お風呂の中でふと周りを見渡すと、暖簾がかかっている入り口のようなものが目についた。

「あそこはサウナ。サウナの中は発展スペースだよ。」

サウナの中で発展ってなんだ。のぼせたりしないんだろうか。茹でダコみたいになってる人たちがまぐわったりしてるんだろうか。


掻き立てられる知的好奇心。暖簾をくぐってみるとそこには







なんだこれは。

サウナってのはもっとこう、木でできた椅子とかあって、みんなで温まっている空間をいうのではなかったか。こんなのただのダンジョンではないか。


サウナの定義を確認しようとしていると、友人が後ろからアナウンスを開始する。

「この右手にあるのが高温サウナ。まっすぐいくとミストサウナ。」

詳しい。
発展場のくせにミストサウナまであるなんて。すごい。見てみたい。

ということでまっすぐミストサウナに向かう。途中壁に寄りかかっているおっさんやら、向こうから歩いてくるおっさんやらに内心ビクビクしながらも、動揺を悟られてはいけない気がして、ただ前だけを向いてミストサウナへの道を歩む。


しかし予想以上に広い。さっきまでの明るかった浴場が嘘みたいに薄暗い。はっきり言って不気味である。


「この扉の奥がミストサウナだよ」


ミストサウナに突入する。



入ってまずその暗さにひく。しかもなぜか迷路が続く。戦慄迷宮かよ。
そして天井から「プシュー」みたいな音が聞こえてきており、水が降ってくる。
ここで「わーいミストサウナだぁ!」とか言って横になってくつろげる人がいるとしたら、その鈍感力は尊敬に値するレベルである。
だって迷路の最中である。しかも暗すぎる。下手すりゃ踏まれる。生ぬるくて気持ち悪い。

しかし、鈍感力に乏しい私も、知的好奇心はそれなりに高いらしく、この先にある景色をこの目で見たいと思った。

 


そんな想いを胸に抱いたまま不気味な通路の角を曲がると、そこには闇が広がっていた。



真っ暗。本当に真っ暗。パラノーマルアクティビティかよって思った。

しかも、なんか、人が蠢く姿がかろうじて確認できる。怖い。年齢すら推定できない。怖い。怖い。怖い。


わたしは本当に恐怖を感じたとき、言葉よりも先に身体が動く人間だったらしく、気づいた時には来た道を引き返す態勢に入っていた。

そして後ろにいたはずの友人がいなくなっていたことに気づいた。

嘘でしょ。なんなのこれ。どっきり?なんで?なんでいないの?

1人で来た道を引き返す。ミストサウナの入り口の扉を開けて脱出する。友人は見つからない。意味がわからない。ホラー?どっきり?みんなで隠れて、発展場に欲情してる自分を馬鹿にしてるの?
それとも友人まさか、誰かに手足を掴まれたりして、口まで塞がれちゃったりして、今頃もしかして、下のお口も塞がれちゃってたりするの?

た、たすけなくっちゃ。わ、わたしはジャックバウワーだから。

ダンジョンの奥へと足を踏み入れる。一人小走りの自分は明らかに浮いている。あくまでもここは浴室の延長にある場所なので、滑って転ばないように最新の注意を払う。
途中、白人と日本人と思われる3人が入り乱れる国際交流を目撃したりしながら、ダンジョンを彷徨うが、友人はぜんぜん見つからない。

恐怖と不快感が限界に達し、ダンジョンを脱出することにした。

浴室に戻っても友人はおらず、もう探し直す気力も残っていなかったので、仕方なく湯船に入って待つことにした。


五分ほど経った頃友人がダンジョンから無事に生還してきた。
友人は友人で、わたしを見失って探していたらしい。

もー!バカバカバカバカ!心配したんだからね!
恋人ごっこをすることで平静を取り戻しつつ、次のステージに行くことにする。


4階である。


浴場を出てパンツを履いて館内着を羽織る。帯を巻いて、本当にスーパー銭湯だなぁ。とさっきまでの事件を早くも忘れかけていると、友人は帯を締めずにそれを館内着のポケットにあざやかにしまい込んだ。

ストンッって感じで帯をポケットに入れたのである。

スラムダンクかと思うくらい、鮮やかなゴールだった。思わず見とれた。


そうか。帯は締めないのがプロフェッショナルの流儀なのか。と、なにを血迷ったのか私も彼の真似をして、ボディをはだけさせた状態で4階へと突入することにした。



4階は凄かった。すさまじかった。
メインとなる大部屋には二段ベッドが敷き詰められている。人間が歩く通路の両サイドに二段ベッド。二段ベッドが人の道を作っている。

 

二段ベットの中ではそれぞれのドラマが繰り広げられているようだった。みんなここに来るまでに色んな人生があったのだろうなぁ。ここに辿り着けた今は、幸せなのかなぁ、と1人考えを巡らせていた。

 

 

不思議なことに、ぜんぜん人の声が聞こえてこなかった。途中すごい勢いで腰を振る黒人なども見たのだが、体から出る音は凄まじかったが口からは誰も声を出していなかった。

 

真っ暗な大部屋の中では人の顔など確認できず、年齢すら推察が難しい状態だった。パラノーマルアクティビティ2。唯一はっきりしていたのは、来る前に友人から聞かされていた私好みのイケメンの気配などないということだけだった。

 

 

大部屋以外には死体安置所のような細長い部屋が1つあり、そこはとても明るい部屋でみんなが一列になって仲良く眠りについていた。

 

この場所の照明にはONかOFFしかない。明るすぎるか闇かのどちらかだけだ。闇でひとしきり恐怖を感じて光を求めた私たちは、そこで照らされる現実の辛さを知る。

 

 

 

現実から逃げるように5階へと向かう。

 

5階は4階の大部屋のスペースがすべて個室となっていた。普通のビジネスホテルみたいな入り口のドアが並んでおり、代金を支払わない限り中の気配すら感じることができない。

 

無料で入れるのはさきほどの死体安置所の5階バージョンだけだった。4階の死体安置所は蛍光灯で容赦なく照らされているのに対し、5階のそれはプラネタリウムのような青白い光で照らされておりなんだかフォトジェニックだった。顔も身体もはっきりと確認できる。できてしまう。星座のようにまぐわう彼らの姿が。あれはおおぐま座かな?あれ?あっちにもおおぐま座が...おやおや?向こうにもおおぐま座が...おおぐま座...

 

ここからだとデネブもベガもアルタイルも見ることは出来ない。寝デブしかいない。

 

 

5階終了。

 

 

「6階と7階は個室しかないから、特に行くところはないよ。でも見学だけしてきてもいいかも。あ、でも、人が少ないからお尻が洗いやすいよ(^_−)−☆」

 

友人がトドメにすごいアドバイスを語り出したので呆気に取られながら、とりあえず全部の階を見学に行くことにした。

おそらく友人はそろそろ1人になりたいのではないかなぁという気がしたのでここで解散。

 

約束通り、次会えるのは朝の7時になるかもしれない。本当の冒険がはじまる。

 

 

案の定、6階と7階には個室につながる扉以外のものは確認できず、人の気配すらほとんどしなかった。

 

 

さて、どうしよう?

 

選択肢は4つ。

 

・4階の大部屋

・4階の死体安置所(蛍光灯)

・5階の死体安置所(プラネタリウム

・2階の安全地帯

 

 

この時点で眠気がMAXに近づいていたので2階にしようかと思ったが、なんだか勿体無い気がしてもう一度だけ4階と5階を一周することにした。

 

素敵な出会いに恵まれるかもしれない。俺好みのイケメンもいると言っていた友人の言葉を信じたい。

 

 

 

しかし現実はあまりにも残酷で、イケメンなんてどこを探しても見つけることはできなくて、そこには恐怖しかなかった。

 

仕方なく2階の安全地帯に避難することにした。

 

 

深夜帯なのでスペースがないかもしれないという不安に駆られていたが、奇跡的に1人がけソファが1台だけ空いていた。神様。ありがとう神様。

 

 

前列が禁煙席で後列が喫煙席というソファが2列に並ぶその場所は、前列なのにも関わらず恐ろしくタバコ臭かったが、贅沢はいってられない。

 

 

ここで朝を待とう。友人が今どこで何をしているのかは考えないことにしよう。満喫で夜を過ごすのと金額的にも同じくらいだし、良い経験ができた。恐ろしくタバコ臭いし、備え付けのブランケットが肌に触れることすらも生理的になんだか嫌悪感を感じたりするけれど、こんな経験なかなかできない。モノよりおもいで。プライスレス。

 

 

 

目を閉じれば、地球上どこにいても同じ体験ができる。すやすや眠るだけ。平等な体験。隣で寝ている人のイビキがすさまじいけれど、明日のために寝よう。このソファが今は私だけの世界。

 

 

 

むにゃむにゃ

 

 

 

 

むにゃむにゃむにゃ

 

 

 

 

むにゃ?

 

 

 

 

 違和感。

 

 

 

 

 なんだろうこの違和感は。

 

 

 

 

ブランケットに包まれた身体になにかが触れる感触がする。世界の蠢きを感じる。

 

 

 

目を開けた瞬間、そこには変わり果てた世界が広がっていた。

 

 

 

知らないおじさんが私のブランケットの中に手を入れている。

 

 

 

ヒィヤァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!

 

 

わたしの叫び声が静寂を切り裂く。

 

実際は怖過ぎて満足に叫ぶことなどできず、出来損ないの悲鳴をあげるのが精一杯だった。

 

大部屋でさえ壊されることのなかった静寂をわたしが壊してしまった。

 

 

恐怖で目を見開くわたしにおっさんが驚きの表情を向ける。

 

お前に驚く権利があるのかよという想いに、目を逸らしたらヤられるという恐怖が注がれる。

 

 

硬直した表情でおっさんに視線を注ぎ続けると、おっさんは「おっとうっかり指定席を間違えちゃった」みたいな顔をしてどこかへと去っていた。

 

 

 

おっとうっかりじゃねぇよ。

ここはハッテン禁止ではなかったのか。
よくよく周りを見渡してみると、ソファでブランケットに包まれて眠っている人の横に立て膝をついたおじさんが点在していることに気づいた。立て膝おじさん連中がブランケットの中に手を突っ込んでいるのが見える。

 

 

地獄だ。

 

 

この世界に安住の地などなかったのだ。

 

 

さきほど周りを見渡した時にもう一つ気づいたことがあった。

 

この空間の中で圧倒的に自分が一番かわいい。

 

ここで寝たら間違いなく襲われてしまう。

 

 

いますぐここを出たい。

 

 

しかし所持金は300円。携帯も友人がいないとフロントから取り返せない。

 

 

私の私による私のための一人不眠不休マラソンがはじまった。

 

朝7時に友人が迎えにきてくれるはず。そのときまで必死に一人眠気に耐えた。

 

有り金をはたいてまで、なんでこんなことしているんだろう。

寝てもいい場所なのに、寝ることができない。

部屋の中央のTVに映るよく分からない通販番組を見ながら、じっと朝を待ち続けた。

 

 

ついに待ちに待った朝7時がきた。
友人が迎えにきてくれるはずである。

 

しかし、なかなか来ない。

10分ほどすぎても、友人は現れてはくれない。

 

 

もしや、何かあったのだろうか。何もなくても私の精神はもう限界を迎えていた。一刻も早くここから脱出したい。

友人を探しにいくことにした。

 

まずは手始めに自分の居たソファルームを探索する。

ブランケットに手を突っ込んでいる立て膝おじさん達がまだいる。この人達のモチベーションはなんなんだろう。

 

仮にこの中に友人がいた場合、手を突っ込まれていた場合、あるいは手を突っ込んでいた場合、私はどうしたらいいんだろう。

 

祈るような気持ちで友人を探すが見つからない。

 

 

隣の部屋に移動する。さきほどの部屋が一人がけソファ部屋だったのに対し、こちらは雑魚寝部屋である。

ここは2階だからハッテン禁止のはず、はずだったのだが、扉を開けた私はさきほどまで自分がいた場所がいかに安全だったのかを知る。

 

寝ているおじさんのパンツの中のモノを取り出して自分の手でコスコスしているおじさんがそこにいた。

しかも人組みどころじゃない。そのような団体が4組様くらいいらっしゃる。広くない空間にそのような人達が敷き詰められている。

もう意味が分からない。というか何が楽しくてそんなことやってるんですかと聞いて回りたい。お前のモチベーションはいったいなんなんだと。

 

一刻も早くその場を離れたい衝動に駆られるが、私にはミッションがある。この場所から友人を探し出すというミッションインポッシブルが。

 

泣きそうになりながら友人を探すが見つからない。

 

 

上の階に進むしかない。

 

 

3階へとゆく。お風呂場である。

友人は私を待たせて風呂にゆっくり入っているような性格ではないし、風呂の奥のサウナには二度と行く気がしないのでここは入り口で引き返す。

途中風呂場の鏡に映る自分の姿が見えた。

 

かわいい。

 

30年間生きてきて最も自分がかわいいと思った瞬間である。
肌が若くてピチピチしている。徹夜明けとは思えない瑞々しさがそこにある。ちょっとしたアイドル感さえある。

人の評価とは人類の永遠の課題であるが、それはいつだって相対評価だ。自分の評価をあげたければ、属する集団を変えればいいのだなぁという気づきを得た。

 

自信を取り戻しつつ4階へ。大部屋である。

収容人数の比率を考えるとここにいる可能性がもっとも高い。

しかしここは闇の間。顔もまともに確認することすら難しく、発見は困難を極める。

 

そもそも、ここで友人を見つけることができたとして、私はどうしたらいいのだ。

お楽しみ中の友人に対して、「帰るよ〜」とか平然と言い放つ強さが自分にはあるのだろうか。もしも友人があられもない姿になっていたとしたら、それこそ平静を保てる自信がない。

 

帰りたい。見つけたい。けれど、見つけることがなんだか怖い。

 

 

もうほとんど半泣きで大部屋を回るが、やはり暗すぎて何も確認できずに終わった。

 

 

次は死体安置所である。そこはとても明るい場所なので、仮に友人がどうにかなっていたとしても、はっきりとその姿を確認できてしまう。

 

死体安置所で変わり果てた友人の姿と再開したとき、私はどうなってしまうのだろうか。その場で泣き崩れたりしてしまいそうである。

 

心配だからいい加減見つけたいけど、どうかここにはいないでほしい...

祈るような気持ちで死体の姿を確認していく。

 

 

友人を見つけることはできなかった。

 

 

それは5階においても同様で、友人の姿は確認できなかった。

 

 

どうしよう。やはり4階の大部屋だろうか。しかしあそこはもう嫌だ。本能が拒否している。

 

 

私は友人が死亡フラグと共に言い残した言葉を思い出していた。

 

「もしも俺が戻ってこなかったら、携帯を取り返して1人で帰っていいから」 

 

 

 

帰ろう。

 

 

フロントへと向かい、携帯を自分の分だけ返してもらえないかと打診する。

 

 

 

 

ものすごい怒られた。

 

 

 

「預けた人が取りに来てっていったでしょ!!!後から問題になっちゃうでしょ!!!!!!」

 

などとよく分からないまますごい怒られた。

 

 

私はただただ頭を下げ続けた。

31にもなって、朝7時過ぎからハッテン場の入り口でこんなに説教される日が来るなんて思いもしなかった。

 

 

それでもなんとか携帯を返してもらえた。

 

やっと帰れる!

もうウヒョーって感じ。

外に出れるだけでこんなに嬉しいなんて。脱獄犯並みのアドレナリンが分泌されるのを感じる。

 

 

そうして私は24会館を後にした。

 

友人からは11時に「寝ちゃってたー!」と連絡が来たが、あの場で寝過ごせるほど熟睡できるなんて素直に尊敬した。たぶんどこでも生きていける。ハッテン途上国でも暮らしていける人だと思った。

私は多分、トイレが綺麗な先進国でしか生きていけないんだろうなぁと思った。

ラストチャンス 〜恋愛乙女にもっと勇気〜

視覚障害にも先天的なものと後天的なものがある。彼らの白杖の持ち方に、その特徴が現れると聞いたことがある。
 
先天的な視覚障害者の方は、持つ杖よりも顔が前に出る姿勢をとることが多いらしい。一方で後天的に視覚に障害を抱えた方たちは、杖を身体の前に突き出す形を取ることが多いのだそうだ。
 
 
世の中には危険なものや辛いことがたくさんある。私たちは現実を知るたびに、少しずつ臆病になっていくのかもしれない。
 
 
ゲイも三十路を過ぎるとどんどん臆病になっていく。ブスだブスだと罵られ、五月蝿いババァと蔑まれ、そんな日常を繰り返すにつれて、色んなことが、どんどんどんどん億劫になる。
 
そういう自分と付き合っていく能力を、生きる力と呼ぶのかもしれない。

 

 
それでも時々、何かを変えたいと思って行動に踏み出すことは、決して悪いことではないはずだ。
 
1人で合コンパーティに参加してきた。
マンションのパーティルームでの飲み会である。
普段は友達と馬鹿騒ぎしてるだけの飲み会も、1人になると嫌が応にも周りが目に入る。
 
こういうパーティは大抵、1つのイケメン集団にその他大勢が羨望の眼差しを向けるのだが、イケメン集団は彼らだけで盛り上がり、そのままなんの進展もなく終わる。
 
そういう宴を何度も見てきた。
 
 
でも、彼は違った。
 
 
私の2つ隣くらいにやたらマッチョなイケメンが座っていた。
 
出会いは自己紹介タイム。
イケメンの時は場が静まり、その他大勢の時は談笑がBGMになる、ありがちな時間。
 
今回は名前と最寄駅を言うというルールだった。
 
彼は名乗るのと同時に告げたのである。私と同じ最寄駅の名を。
 
 
一瞬ひるんだ。
 
あぁ、一緒だなぁって。
でもこんなブスと同じ駅なんて迷惑だろうなぁって。
住んでるだけでストーカーで訴えられたら嫌だなぁって。
 
こういう日常のワンシーンを通して、もういっそ違う駅の名前言っちゃおうかなぁって思ってしまうくらい臆病になっている自分に気づいてしまう。
 
でも、勇気を出して自己紹介。
 
───最寄駅は〇〇駅ですっっっ(チラッ
 
そしたら彼、優しく微笑みながら
 
───おぉ一緒だぁー!
 
って言いながら手を振ってくれた。
 
 
わぁ拒否されなかったぁ。
こんな私でも暮らしてていいんだぁ。
受け入れられた気がして、
いっしょですねーって微笑んで、あったかい気持ちになって自己紹介おわり。
 
 
でも同じ駅に住んでるってだけだし、
それだけで話しかけるなんておこがましいし、
ていうかみんな地球に住んでるわけだし、
そんなんで運命感じる年でもないし、
引き続き不貞腐れながら1人で席でごはん食べてたわけ。
 
 
そしたら、その筋肉野郎、
 
───フルーツ食べたーい!フルーツ食べてもいいですか?
 
って俺の方みて言いだした。
 
確かに私の前にはフルーツがある。
 
しかし、彼の前にも同じフルーツがあるのだ。
 
 
もしかして私、幹事だって思われてる?
そんなに玄人臭溢れてる?
 
わたし、一生懸命間違い探しした。
 
彼の前にあるフルーツと私の前にあるフルーツ、違うのは、私が側にいるってことだけだ。
 
いやいやそんなはずない。間違い探しを舐めちゃいけない。序盤で見つかる間違いは囮だ。私たちはマジカル頭脳パワー世代。今では肩身が狭くなってしまったけれど、日常に潜むマジカルは、今も変わらず、私たちを千堂あきほにしてくれる。
 
でも、得点の高そうな間違いが見つからない。
もしかして私の体臭を感じ取ってこっちにドリアンがあると思ってる?
 
流石に間違い探しも時間切れで、板東英二も痺れを切らして、とりあえず「え?うん?いいんじゃないですか?」って答えた。
 
わたし、幹事じゃないですよっていう想いを込めて。
 
 
そしたら彼はおもむろに席を立ち上がり、私の席のフルーツを取りに来た。
 
そしてフルーツを取りながら言った。
 
───あ!ていうか〇〇駅ですよね!?
 
さらに続けるのだ。
 
───えーはなしたーい!
 
しまいには私の隣に座っていた強めのママみたいな男に
 
───すいませんここ座りたいんで!
 
って言いながら彼を押しのけ、私の隣に強引に着席した。
 
 
な、なに!?なんなのこの人!?
 
てかゴメンね隣の人...あぁでもこの人筋肉すごい...
 
私がパニクっていると彼はさらにこう続ける。
 
───じゃあ今日一緒にかえりましょうよー!
 
 
 
 
わたし、その時初めて、自分が生娘だったということを知った。
 
どんな時でもウィットに富んだ返しをすることを第一に生きてきた人生だった。
 
無難な言葉で場をつなぐだけの生娘を、ずっと見下していた。
そんなの生きてるって言わない。ゆっくり死んでいるだけだって。
 
それなのに、こんな感情の高ぶりのせいで、自分の口から言葉が出てこなくなる日が来るなんて。
 
コミュ障だって思われたくない一心で、口を開くことだけが精一杯になってしまうようなことがこの身にふりかかるだなんて。
 
はい。ご近所のお友達欲しかったんです。なんていうつまんない言葉しか言えなくなるなんて。
 
けれど、不思議なことに、ゆっくり死んでるはずなのに、何故だか生きる活力が湧いてきてしまう。
 
今日だけは生娘になってしまおう。ガラスの靴はないけれど、だからこそ、この魔法はきっと解けない気がする。
 
 
 
そして私たちはパーティでひとしきりダンスを楽しんだ後(イメージ)、同じ帰路に着く。
 
会話を通して、自分たちの家が徒歩1分レベルの近さであることが判明した。
 
人間の意志を超越して人に幸、不幸を与えることを、この世界では運命と呼ぶ。
 
ベートーヴェンは運命が扉を叩く音を曲で表現した。言葉だけでは表現できない貫きが、運命にはある。
 
 
──でも俺もうすぐ引っ越すんですけどねー
 
 
ジャジャジャジャーン!!
 
流石は運命。冒頭から強烈。
 
どこに?カリフォルニアあたりに?
せっかく幸せになれると思ったのに?
臆病な自分にさよならできると思ったのに?
 
 
──まぁ同じ駅に引っ越すんだけどねw
 
 
あぁ、この人はより高いステージを見つけに行くんだね。いい男は高い向上心から作られるものだから。より良い住処を見つけて、そして、私を探し当てた。
 
運命が扉を叩く音がどんどん強くなる。
 
私はずっと疑問だった。ベートーヴェンは難聴だったはずだ。しかし彼は運命の訪れを音に例えた。それが不思議だった。でも今謎が解けた。運命が扉を叩く音は、ハートに響くのだ。鼓膜とか、神経とか、そういうものをすべて超越して実感するのが運命なのだ。
 
 
そうか。あなたはより高いステージに行くんだね。でもそれだと家賃ちょっと上がっちゃうんじゃないの?
 
 
──そうですねー。家賃、今の5倍です。
 
 
ご、ごばい!?
界王拳でも使うの!?
 
 
え、えっと、、今まで豚小屋かなんかに住んでたの?
 
──ちがうよw
 
 
え、え、あ、、ルームシェアとか?
 
 
──そうですw
 
 
あぁそっかぁ。5人くらいで住むの?
 
 
──いや、2人です
 
 
ふ、ふたり?
比率の計算おかしくね?
2人になっても5倍になったら、あなたが支払う金額は少なく見積もっても今の2倍だよね?
 
 
──いや、全部払ってもらうんです(照)
 
 
は?なにに?税金に?この人まさか都知事?
 
え?え?え?それってもしかして、パパ的なsomethingですか?something else?Give me a chance?
 
 
──違いますよwまぁもう家族みたいなもんなんすけどね。18の頃から、9年付き合ってるんです。
 
 
 
 
 
サムシングエルスは、彼らが記した歌詞のように、与えられたチャンスを一度は掴んだかのようには見えた。その瞬間はドラマティックで、大衆の心を掴んだ。しかし、チャンスも心も、離れる時にはドラマなどなく、気づいたら遠くに行ってしまっているものだということを、彼らは教えてくれた。
 
 
 
ていうかあなた、今日何しに来たんですか?天上界からわざわざ、私のことを笑いに来たんですか?
彼氏は今日の飲み会に参加してること知ってるんですか?
 
──うん。信頼されてるから。自分も彼がどこに行っても、最終的には自分に返ってくるって信じてるから、全然気になんない。あ、これ彼の写真。某有名雑誌でモデルしてたんだよね。
 
 
ビックリするほどイケメンだった。
庶民の5倍の戦闘力を持つイケメン。
私のスカウターはとっくに壊れていたが、それでも分かる。彼等の圧倒的な強さが。
 
 
わたし、29年間努力で手に入るものは全部手に入れてきた。
 
30になって、努力じゃどうにもならないことがあることを嫌というほど知った。
 
確かに遅すぎる気づきだったかもしれない。
 
でもだからこそ、充分すぎる経験知として、嫌という程この身に沁みわたっているのに。
 
知ってたのに。
 
もう分かってたのに。
 
 
だからちゃんと、傷つかないように、自虐という杖をちゃんと前に出して、安全確認してたのに。
 
 
それなのに。
 
 
神様どうして?
 
 
私の前に、天上界の使者を?

同伴者効果を利用した営業戦略の実践と評価

心理学に、同伴者効果と呼ばれる現象がある。

魅力的な人と一緒にいると、この人もきっと素敵な人に違いないと、第三者からの良い評価が得られやすくなる、という事象である。

「類は友を呼ぶ」ということわざがあるように、人間には「人は同じレベルの者同士でつきあうだろう」という意識があるのだそうだ。

イケメンとつるんでいればイケメンに間違われる可能性が上がる、というわけである。そうでなくても、こんなイケメンとつるんでいるなんて、きっとこの人も素晴らしい長所を持っているに違いないわっ!ってな具合に、相手が勝手に都合良く想像を膨らませてくれそうである。


これを利用しない手はない。

わたしがモテないのは、ブスとばっかつるんでいるからだったのだ。ブス友と一緒になってイケメンを見つけては「このお酒あなたの唾液で割って〜〜〜♡」とか言って勝手に喜んでるんだから、そりゃあ来るものも来ないし去る者は加速する。


ということで、数少ないイケメンの知り合いを無理やり連れ出して合コンへ行ってきた。

人数は40人くらい。会場は広め。
自由度が高いこの空間にイケメンと共に参戦するということは、生肉を持って野獣たちの檻の中へと突入するようなものだ。さぁ、群がれ獣たち。


なんて思っていたものの、イケメンと一緒にいるだけで獣が群がってくると思ったら大間違い。ホモってみんな本当に奥手で、ビクビクしながらイケメンから声かけられるのを待っている。

そして、イケメンがわざわざ話しかけに行きたいと思うのもまたイケメンなのだが、そういう奴は大抵誰かに捕まってしまっている。

手持ち無沙汰なイケメンは仕方なく一緒に来たブス(俺)と談笑する。

その様子がまた、他の人から見た時の話しかけにくさに拍車をかける。

これがイケメンネガティヴスパイラルなのだなぁと、イケメン目線になることで初めて得られる気づきがある。

このイケメン、俺と話してるせいで他の人から話しかけられねぇんだなぁって思いながらも、他の参加者達から浴びせられる羨望の眼差しが気持ちよくて、お喋りすることを止められない。私は1秒でも長く、このイケメンの笑顔を見ていたい。そして周囲の人間から、もしかしてあの2人付き合ってるの?やだーお似合ーい!やれやれ、私たちじゃ敵わないわね(頭コツンッ)とか噂されていたい。


当初の目的は完全に見失ってはいるものの、これはこれでハッピーセットだし、やっぱりイケメンってすげぇなぁって思ってたら、見慣れぬ平民が我々に近づいてきたんですよ。

彼は言うわけです。


「よかったら連絡先を交換してもらえませんか?」


ハッピィ!セット!!


もうね、マクドナルドの新しいCMこれでいいんじゃない?って思った。絶対業績回復するでしょこんなの。

同伴者効果すげぇ。パネェ。

心理学って使えるんだね。再現性があるものがわずかに39%とか言われてたりもするけれど、今ここでちゃんと役に立ったよ。誰が何と言おうと、わたしにとっては100パーセントのハッピーセットだよ。(CMここまで。)


もちろん、ここですぐに浮き足だったりはしない。なぜかって?イケメンだからさ。イケメンは理由になる。はしゃがない。欲しがらない。無様な姿は晒さない。夢見る少女じゃいられない。Because of IKEMEN!!

だから私は大人の落ち着きと余裕を見せつけるの。だってこの平民も、勇気を持って我々に話しかけにきてくれたんだから。声かけたいな。大丈夫かな。変な人だって思われたら嫌だな。でも、勇気ださなきゃ変われないよな。やらずに後悔よりもやって後悔!頑張れワタシ!えいえいおー!

分かる。分かるよその気持ち。
このとき、私たちは他の知り合いも入れて三人で話し込んでいたんだけど、そんな中1人で乗り込んでくるなんて偉い!ここは私が君のために、この場の空気を解きほぐして進ぜよう。


「もちろーん!ってか誰と?誰と交換したいの?笑」


軽やかに聞いてやったよね。LINEのふるふるする仕草とか交えながら、それはもうコミカルに。交換する準備できてるよー!つって。

突然声かけられてビックリしてた俺と一緒にいた2人も、「こいつぅ♡」みたいな顔して微笑んでるし、これなら平民も冗談めかしてイケメンの連絡先が聞けるよね。いいのよ私のことは。ピエロになるのは慣れっ子だから😉

つって平民に、気にしなくていいんだよってウィンクしたら、彼は感謝の言葉をこう口にしてきた。





「あ、いや、あんま話してないんでいいです。」




は?


え?なに?何言ってんのコイツ?いいって何?何がいいの?ってかなにさっさと他の2人とLINE交換しようとしてんの?平民の皮を被った愚民なの?飼い犬に手を噛まれるってこのこと?コイツが噂に聞く平成の明智光秀なの?あぁでも、三日天下だったのは俺の方か...アハハ...。

アハハじゃねぇし。あんま話してないからいらないってなに?あんま話してないからこそ連絡先が必要なんじゃないの?っていうかアンタ、俺の隣にいるこのイケメンとはそんなに話したの?話してないよね?だってコイツずっと俺と一緒にいたからね?今だって俺の方見てめっちゃ笑い堪えてるからね?ていうか堪えきれずに笑っちゃってるからね?笑いすぎて携帯とかまともに操作できてないからね?アンタが狙ってるそのイケメン、今俺に夢中だからね?


ていうか2人と交換するなら3人になっても一緒だろ!!つってQRコード映し出すイケメンの携帯になんとか俺のLINEのQRコード反射させらんねぇかとか試みたけど、健闘むなしく愚民の携帯が俺の連絡先を読み取ることはなかった。

イケメンズのLINEをゲットした愚民は満足そうに帰っていったのだが、その後愚民からイケメンズに連絡が来ることはなかったという。
一体あの愚民は何しに来たのだろうか。単なる笑いの使者だったのだろうか。




その日は新しい靴が欲しかったので、帰るついでにトボトボとABCマートに立ち寄ると、二足目半額セールをやっていた。ただし半額になるのは対象商品だけで、それらは私から見るとどれもイマイチだったため、結局本当に欲しいものを一足だけ買って家路についた。

売れない商品を売れる商品にくっつけて無理やり売ろうとしたところで、売れないもんは売れないのである。
あの靴、私みたいだなぁってことに気づいたのは、次の日新しい靴を履いてみて、やっぱり一足にして正解だったなぁと実感した瞬間だった。