犬笛日記

それは犬笛のような魂の叫び

致死量を超えてきた恋の話

友人がパワハラに悩んでいる。ヒステリックな女上司に「もう!ぜんぜん違う!本当に分かってない!!」と絶叫されながら資料確認をされた後に、直されたのが句読点だけだったというコントのような日常を送っているらしい。

彼はそのストレスに耐えるために、映画「プラダを着た悪魔」で女上司へと立ち向かう主人公アンハサウェイを、自分に重ね合わせて日々仕事をこなしているのだそうだ。

 

人は楽しいときも辛いときも、自分と似た境遇にある人の言葉や感情を探したりする。誰かになりきることは、絶好のストレス解消法なのかもしれない。

 

その友人は酒癖が悪く、2016年リオ五輪直後のある日、泥酔して電柱や壁に激突を繰り返しながら帰宅し、傷だらけとなった自分の姿を、女子レスリング試合後の吉田沙保里と重ねて「お父さんに怒られる〜〜!!!」と明け方に電話で最高に不謹慎なモノマネを披露してきたことがある。

女子レスリングのパワハラのニュースを見るたびに、あの日のことを思い出す。

 

至学館大学の谷岡学長の会見は強烈で印象深いものだった。
かなり批判ばかり受けているが、私には彼女が、本当に純粋に仲間を守りたいと思っているように見えた。不正を隠すために会見しているのではなく、本当に自分が正しいと思ったことを世に訴えたい、というエネルギーを感じた。
もちろん「パワーのない人間によるパワハラというものがどういうものかわからない」といった言葉に代表される彼女の発言は言うまでもなく世間の常識から外れており、レスリング協会や大学という世界の中で、独自の価値観が形成されてしまったのだろうなと感じる。

社会を作ることで発展を遂げてきた人類は、集団を守るための機能が強くなるように進化してきたのだと言われている。そのせいで、我々は一度集団に属すると、そこでの習慣が外から見ると明らかに違和感を覚えるようなものであっても、それを正義だと信じ込もうとする性質を持っているらしい。

 

自分の世界を守るためなら、平気で相手を傷つける。罪悪感に負けないように、それすらをも正当化してしまう。そうやって種として生き残ってこれたからこそ今の社会がある。レスリング界も相撲界もきっとそうやって発展してきたのだ。

 

このように、一見するとたとえ個人にとっては害でしかないと思われるような感情でも、集団の繁栄にとっては価値を持つという考え方が、人類進化学という分野では基礎となっているのだそうだ。

 

では、ゲイという存在も、人類にとって何か意味を持つのだろうか。

 

男が男に恋をする。子孫も残せない。そんな感情に、どんな意味があるというのだろうか。

 

 

 

半年ほど前、ある年下の男性と飲み会で知り合った。

彼のふわふわした雰囲気に惹かれて、後日、勇気を出して彼をデートに誘った。

「自分のことを覚えてくれていて、こんな風にメールしてくれるなんてすごくカッコイイですね!」と彼は言ってくれた。カッコイイことなのだろうか...と疑問には思ったが、嬉しかった。

 

ご飯を食べて、バーに行って、終電まで一緒に飲んだ。

 

彼は不思議な人だった。
よく喋る人で、子供の頃は超問題児だったらしく、生い立ちを色々と話してくれた。
水槽に魚のエサと間違えてクレンザーを入れて魚を全滅させてしまったこと。クラスで飼っているハムスターを鉛筆に捕まらせて宙に浮かせて地面に落ちていくのを見て遊んでいたら、足が折れてしまってこっぴどく叱られたこと。教室でふざけていたら、給食のスープに上履きを放り込んでしまったこと。

とめどなく話してくれるのがありがたかった。

これは自慢なのだけれどと前置きをした上で、高校に入ってからは人が変わったように勉強をして、ずっと成績が一番だったのだと教えてくれた。

次の日には、前回は自分が話しすぎたから今度はそっちの話を聞きたいと言ってきた。
人に話して面白い生い立ちなどないので、何を話したらいいのか困ったのだが、実は自分も成績が一番だったことを自慢してみた。共通点があることが嬉しくて、それを伝えたかった。田舎に生まれたことは正直不幸だと思っているけれど、そのおかげで色々学べたこともあって、少しは誇りに思っている、というようなことも話した。自分が頑張ったことを、少しでもいいから知って欲しかった。

自分だけ、だいぶ固い話になってしまった。退屈させてしまったかもしれない。少しは面白い話をしなくては...。と焦っていたら、彼が先に口を開いた。

「なんていうか、昔父親から、この世でもっとも怖いのは、無知であることだ。って話されたのを思い出しました。ほら、人って知らないってだけで死んだりしちゃうじゃないですか。」

自分の努力を認めてもらえた気がした。

 

それから3ヶ月間、ほとんどの毎週末を彼と共に過ごした。 毎日LINEもした。彼のお気に入りのランチの写真が送られて来たりした。

おすすめのご飯屋さんにも連れていってもらえた。開店時間が昼の12時なので、12時に集合しようといったら、行列ができているかもしれないから自分だけ15分前から並んでおくよと言ってくれるような人だった。

 

毎週毎週彼に会う。夜遅くまで遊んで、駅で別れ、また来週ね、といってそれぞれの電車を待つホームへと向かう。
でも、恋人ではない。手すらつないでいない。なんなのだろうなと思う。

彼と一緒にいると自然と笑顔になる。2人になると上手く喋れなくなる。彼が何を想っているのか、考えるほどに分からなくなる。心には触れられないから、せめて身体に触れてみたいと思う。

あと何回、こんな週末を繰り返すのだろう。いつか会えなくなるかもしれないと怯えながら。その先に何があるんだろう。電車はまだ来ない。

 

気づいたら走り出していた。彼が電車を待つホームへと向かう。
彼がまだいたら、好きだと告げよう。なんだかドラマみたいだ。月9だったら最終回だ。ちょっと自分に酔ってきた。この勢いでいってしまおう。

 

人混みを搔きわける。こんなにたくさんの人がいるのに、彼に出会えたことは奇跡だなと、こんな時にキザな台詞が頭をよぎる。階段をくだってホームに降りる。電車の到着を知らせるベルが鳴る。あわてて彼の姿を探す。

いた。見つけてしまった。達成感よりも、観念するような気持ちが押し寄せてくる。

彼の背後に忍び寄る。なんて声をかけたらいいんだろう。心が行動について来ない。

私が声をかけるよりも先に、彼がこちらに気づいた。え!?なに!?とすごく驚いている。このままじゃ完全に不審者だ。殺しに来たみたいだ。

 

えぇっとえぇっと...と完全にコミュ障みたいになる私。一時期はプレゼンの神とまで言われたこともあるのに。喉に餅を詰まらせた老人みたいになってしまっている。

たくさん知っているはずの彼のいいところが、好きになった途端に上手く言えなくなってしまうのはなぜだろう。何もかもが、言葉に出した瞬間に安っぽいものなってしまう気がする。自分の語彙力が、彼の魅力においつかない。 

 

電車が押し寄せてくる。その音がすべてをかき消してくれる気がする。

 

 

彼のことが好きだと伝えた。

 

 

彼はまっすぐこちらを見つめたままだった。

電車の扉が開く。彼は電車を待っている時から寒そうにしていた。彼のことを思えば、電車きたよって言ってあげるべきなのかもしれない。でも言えない。まだ行って欲しくない。 

 

 

ありがとう。彼はそう言って、そして続けた。

毎週こんな風に遊んで、すごく楽しい。これからも絡んでいきたいと思っている。でも恋愛という気持ちではない。だからこれからも友人として付き合っていきたいけれど、それが嫌だと言われたら悲しいけれど仕方がないのだろうなと思っている。

 

気づいたら電車は行ってしまっていた。目眩がする。足元がふらつく。今すぐ線路に飛び込んでしまいたいと本気で思う。駅のホームで博打はしてはいけないのだなと知る。

 

目のやり場と足の踏み場を探しながら、呆然としていると、彼がさらにこう続けてきた。

 

少し前に恋人と別れたばかりで、まだ恋愛モードになれない。実は今、ルームシェアをしている同居人からも告白をされているのだが、断っている。君がどうこうとかいう問題ではなくて、今は誰とも恋愛する気になれそうにない。

 

朦朧とする意識の中で、さらっとすごいことを言われた気がする。
彼が最近出会った年上の男が持つ一軒家に住まわせてもらいはじめたことは聞いていた。
本当はその時点で予想していた。だから先手を打とうと考えた。しかし完全に後手だったらしい。

 

 

その後どうやって帰ったのかはあまり覚えていない。最後に彼から「本当に気をつけて帰ってね」 と言われたことだけ覚えている。私はそんなに死にそうな顔をしていたのだろうか。

 

 

その翌週からも私は彼に会い続けた。振られた3日後にはLINEも再開した。

せっかく仲良くなれたのだからと言い訳しながら、本当はいつか自分のことを好きになってくれるのではないかと期待していた。

 

私には一つ、不安があった。
彼にはなんでも報告しあう友達が2人いると聞いていた。私も会わせてもらったことがある。
その友人に私が告白したことを言ったか聞いてみた。
彼はあっけらかんと「うん。」と答えた。
それってデリカシー的にどうなのよ?という気持ちが頭を駆け巡るが、あまりにも悪びれる様子が見られないので、こちらの感覚が狂っているのだろうかと不安になり、とりあえず「えー恥ずかしいー恥ずかしいー」と自分の苦悩を訴えてみた。

 

彼からの返事はこちらの予想をはるかに超えたものだった。

 

「あー。そっかー。うーん。。じゃあおあいこってことで教えるけど、その2人とも俺に告白してきたことがあるんだよね。」

 

 

なんなんだこの人は。彼は以前、人間が一度に深く付き合えるのは5人までだという説を信じているため、あまり多くの友人は作らない主義なのだと言っていた。

一緒に住む同居人、よく絡んでいるという友人2人。毎週会っている私。彼を囲むみんなが、彼に告白をして玉砕している。被害者の会を結成してやろうかと思った。でも、いったいどこに何を訴えればいいんだろう。

 

告白をする前は、彼に気を使って、聞きたいことも全部は聞けなかった。
ただ、一度告白をしたら、私はなんだか大胆になっていた。今まで目をそらしていた部分を照らしてやろうという気になってきた。

 

ねぇ。それって、いったいどういう気持ちなの?

 

ていうか、待って。そもそも、一緒に住んでる人、何?
一軒家に転がり込んでるってなんなの?
その相手があなたのことが好きだってことは、最初からわかってたよね?
でも、住んで。告白されて。振って。で、まだ住んでんの?疲れないの?

 

「いやー。たまたま家探してる時に知り合って、一緒に住まないかって誘われたからちょうどよくてさー。元々は彼氏候補?って感じもなくはなかったけど、住んでみたら全然性格があわなくてダメ。すごく短気で無理。最初の頃は帰った後にハグとか要求されててやってたんだけど、最近は断るようにしてたら、どんどん機嫌が悪くなってきちゃってて。相手的には一緒にご飯を食べたりしたいらしいんだけど、こっちにはその気がないから、それが嫌らしくて、いつも怒ってるの。」

 

 

理解が追いつかない。自分の常識で処理しきれない。どこから深堀るべきかの判断ができない。
一つ一つ、彼と自分の感覚を比べていくしかない。

 

そんな人と一緒に住んでたら疲れるでしょ?一人になりたいとか思わないの?

 

 

「うーん。わりと平気かもー。ベッドもキングサイズだから広いし。」

 

 

ちょっと待て。寝室一緒なの?同じベッドで寝てるの?

 

 

「うん。キングサイズだから大丈夫だよ。」

 

一体何が大丈夫なのかよくわからないが、キングサイズにすべてを解決されてしまった。ちなみに、身体の関係は一度だけあるらしいが、2回目からは彼のほうが拒否しているらしい。もう、突っ込む気にもなれない。

 

それから彼は会うたびに、同居人に関する愚痴を言ってくるようになった。

彼曰く、同居人は彼と遊びに行ったりしたいらしいのだが、彼にはその気がないのが気に入らないらしく、すぐに不機嫌になってしまうらしい。週末に私と遊びに出かけられるのもストレスらしく、遊びに出かける直前に掃除を要求してくるなどといった嫌がらせを受けているのだと主張していた。

 

ある日彼から「明日12時になっても連絡がなかったら警察に通報して。ここにいるから。」というメールが、彼が居候している家の住所の情報とともに届いた。

 

いったい何事かと確認すると、同居人と約束していた休日の予定をキャンセルしたらめちゃくちゃ怒っているので、命の危機を感じた、とのことだった。彼は実家にも同じ連絡をしたらしい。

 

別の日に電話で、そのことについて話そうと思ったら、「シッ!スピーカーにしてるから変なこと言わないで!」と注意された。同居人は外出中だと聞いていたので、妙だな?と思っていたら、彼は盗聴器の存在を心配していたのだそうだ。

 

命の危機を感じたり、盗聴器の存在を気にしなくてはならないような家に住み続ける理由が、どうしても理解できなかった。
彼には都内に帰れる実家もある。家族とも仲が良い。なぜ実家に戻らないのかが不思議だった。

 

 「生活が便利なんだよね。実家だと色々と不便なことも多いから。」

 

彼が居候する家は、30台前半の男が都内に購入した3階建の新築である。要は、その利便性が気に入っているのだと。

 

あぁこの人は、便利だからという理由で、そんな人と、そんなところに、住めてしまう人なのだなぁ。

私には絶対にそんなことできない。考えられない。けれどこの人は、違うのだろうな。

心配性で神経質な私は、彼の自由でのびのび生きている姿に憧れていた。でも、こういう時に、分かり合えないのだということを実感させられる。

心のどこかで、自分も彼にとって特別なんじゃないかと思っていた。毎週末一緒に遊ぶなんて、特別な存在に決まっていると思っちゃうじゃないか。けれどこの人は、嫌いな人とでも一緒に住んでしまえる人だ。毎日同じベッドで眠れる人だ。

 

 

私たちの友達としての距離はどんどん縮まっていった。
自分が特別ではないのだと気づいたあたりから、私の恋愛感情は徐々に小さくなっていた。それでも、せっかくの出会いは大切なものにしておきたいと思っていた。

一方で彼の方は、私が告白したことなんて、なかったことにしたかったのかもしれない。

 

彼は私の容姿をバカにするようになった。
他の人と比べられて、お前はブスだのなんだのと言われるようになった。

これが彼なりの距離の詰め方なのだろうか。私もバラエティ班のはしくれとして、この世界を生きてきた身だ。彼のいじりをパスだと捉えて、笑いに変える努力をした。丁寧なリアクションで、彼の言葉を拾うよう努めた。
だが、彼の放つ言葉は、笑いのセンスはおろか、わずかな優しさすらも感じ取ることができないものだった。

さらに彼は、彼の友人や同居人もそう言っていると追い討ちをかけるようなことを告げてきた。
私と同じように、彼に告白して玉砕した彼の取り巻き連中。被害者の会を結成するどころじゃなかったようだ。そりゃあ確かに、そいつらからしたら彼の時間を奪う私は邪魔だろう。憎まれていても仕方がない。

でもあなた、それをわざわざ俺に伝える意味はなんですか?

 

どうやら私は、彼の友達連中の間で悪口を言われる対象になってしまっているらしい。

その事実よりも、好きだと告白してきた相手にそんなことを伝えてくる彼の気持ちが悲しかった。そもそも目的がわからない。自分はこの人のどこを好きだったんだっけ。

 

告白した時とは違う理由で、彼のいいところが分からない。彼も私も何も変わってはいないはずなのに、そこだけがどこかへ消えてしまった。数日前まで自分は何を見ていたのだろう。

 

その無念さが、失望の気持ちが、顔や態度にでてしまったのだろう。

 

私が呆然としていると、彼にはそれすらも面白くなかったらしく、こんな風に馬鹿にされることなんて、こっちの世界では当たり前なのだから、いちいち傷ついていてはダメだと、なぜか今度は説教がはじまった。自分だけが苦労していると思っているようなところがあるとも言われた。昔の話をしたときのことを言われているのだと思った。

 

気づいたら世界の話になっていた。話の展開よりも、彼の変化に、こちらの気持ちが追いつけない。

かろうじて理解できたのは、彼の世界を壊すような態度はしてはいけないらしいということだった。その世界で彼はきっととても幸せなのだろう。自分を愛する人に囲まれて、快適な家さえも簡単に手に入れて。けれど、自分の幸せの寿命がどんどん迫っていることを実感する世界で生きていくのは、辛いだろうなとも思った。

 

だから、言ってしまった。

 

「周りにロクな人がいなかったんだね。 あなたが知っているのは、世界じゃなくてただの集落だよ。」

 

 

 

次の日から、メールを送っても無視されるようになった。SNSでもブロックされた。

傷つけ合うことが当たり前の世界なのではなかったのか。彼にとっては、自分だけは傷つけられてはいけない世界だったのだろうか。

 

彼からは最後に「テメェ」とか「気持ち悪い」などという暴言に溢れたLINEが届いた。あまりの悪意と敵意の大きさが恐ろしくて、全部読むことさえも出来ずにブロックした。自分がそこまでされるようなことをした覚えがなかった。

 

たしかに、はじめから違和感はあった。

幼少期の頃の話。クラスで飼っている魚や蚕を平気で殺す。ハムスターの足を折る。クラスメイトをウサギ小屋に閉じ込めて帰宅する。上履きの入ったスープを先生に飲ませる。笑って話していた彼の笑顔が、今はとても怖い。

彼は同居人のことも、友人のことも悪く言っていた。今までに数多くの人と出会っては縁を切る、というようなことをし続けてきたのだそうだ。愚かなことに、自分にだけは心を開いてくれているものと妄信していた。なぜそれが、いつか自分にも向くということから目を逸らしていたのだろう。

 

イスラム国では、小さな子供に銃を持たせ、テロリストに育てることがあるらしい。罪悪感の育っていない子供は優秀なテロリストになるのだそうだ。彼から感じたのは、そういう怖さだった。たぶん何かが欠けている。

 

 

半年間、ほとんど毎週一緒に過ごした相手から、こんなに簡単に関係を切られ、ここまでのことをされるとは予想していなかった。

 

私には、人はみんな自分だけは人を見る目があると思っている、という持論がある。
だがそれでもなお、私は私の人を見る目に自信を持ってしまっていた。

人間、他人のことは見ていても、自分のことが見えていない。私も彼もそうだったのかもなと思う。

 

だいぶ胸糞の悪い記事になってしまった。とりあえず、優しい人に会いたい。次はまたシンプルに笑える記事を書きたい。

リアルで会った相手がミルタンクだった話

年末。年の瀬。流行語大賞ヒット商品番付などが続々と発表され、一年の終了を待たずして一年を振り返る時期である。

今年の漢字は「恥」だと勝手に予想していたが、見事に外れた。

 

歳を重ねるたびに、「あっという間だった」という言葉の重みが増していくのを実感する日々であるが、そんなことを言いながらも、私たちは少し前のことですらすぐに忘れてしまう。

例えば去年のヒット商品番付横綱を覚えている人はどれだけいるだろうか。正解はポケモンGOである。

 

あの横綱も気づいたら引退して姿を消してしまっていたなぁなどと栄枯盛衰を憂いでいたのだが、つい最近、限定ポケモンのために鳥取砂丘に人が押し寄せたというニュースを見て、自分が目を逸らした場所でも、世の中は進化したりしながら動いているんだなぁという当たり前のことを思い出したりする。

 

私の周りのホモ達はみんな、ポケモンGOにすぐに飽きていた。彼らは皆「ポケモンを集める目的がわからない。」と口を揃えていた。私たちにはポケモンなんかよりも先に、捕まえなければいけないものがある。

 

 

イケメンGO。

 

私たちは今日も街へと繰り出す。

 

 

 

 

彼とはゲイ用のSNSアプリで知り合った。

 

年の瀬の寒い冬の日に、私たちは新宿で待ち合わせをした。そしてそのまま彼の家へと直行した。

 

彼は私好みのイケメンで、お堅い真面目な仕事をしていることを会話の流れで知った。新宿の家も掃除が行き届いており、几帳面な性格が伺えた。

 

 

 

私たちは自然な流れの中でベットに入った。

 

イケメンGO。

 

さぁ、貴方は私にどんな技を見せてくれるのかな?

 

私のモンスターボールが微笑んだような気がした。

 

 

 

彼が服を脱ぐ。

 

その瞬間、私の目は彼の胸元に釘付けになった。

 

 

 

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乳首が...デカイ...。

 

デカイというか...長い...。

 

まるでミルタンクだ...。今のところ乳首は二つしか確認できないが、探せば下の方にもあと二つ追加で乳首が見つけられるかもしれない。

 

 

「乳首大きいね。」 という一言が喉元まで出かけたが、そんな不躾なこと言えない。人の身体的特徴を馬鹿にするなんて最低な人間のやることだ。ましてや今日初めて会った人間にそんなこと言ったら人格を疑われても仕方がない。

誰にでも、産まれ持った特徴の一つや二つある。そういうことも全部ひっくるめてお互い受け入れあいましょうというのが私たちが願っている社会ではないか。多様性。ダイバーシティ

 

 

 

彼が私に覆いかぶさる。ちなみにミルタンクはLv.43でのしかかりを覚える。まったく。レベルの高いミルタンクだ。

 

 

 

そして言う。

 

 

 

 

 

「...引っ張って?」

 

 

 

え?なにを?

 

もしかしてそれを?

 

その胸元の突起物を?私に引っ張れというの?なんで?

 

確かにミルタンクはLv.19でミルクのみを覚えますけど、あれって私が搾んなきゃなんないの?

 

 

軽いパニックに陥る私。ていうか産まれ持ったものじゃなかったんだね...。バリバリ人工的な乳首だったんだね。貴方が人生を通して選んできた選択肢の集大成がその乳首なんだね。そしてさらにそれを伸ばすことを希望している。向上心。

 

弱みを潰すことよりも、強みを伸ばしてあげるべきというのは、人材育成の基本...!

 

わかった。わたし、搾るよ。あなたの強み、わたしが伸ばすよ...!

 

 

彼の胸元の突起物を軽く握り、優しく引っ張る。

 

 

 

 

 

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すっごい伸びた。

強み。予想以上の伸びしろ。

 

乳頭のデカさに気を取られていたが、それは氷山の一角に過ぎなかったようだ。乳頭の向こう側に潜む胸元の皮膚が、まるでお雑煮のように、信じられないくらい伸縮自在だった。年が明けたのかと思った。

 

 

ていうかこんなに伸ばしちゃって痛くないの?とミルタンクの顔を確認すると、彼は恍惚の表情を浮かべていた。今にも「モー♡」とか鳴きだしそうである。

 

回復している...。まだミルク飲んでないのに...。

 

 

私はそんな彼の表情を見ながら思ったのである。

 

 

 

簡単!!!!

 

 

こんな簡単にテクニシャン気分!!!

 

 

 

もっと色々なバリエーションを試してみようと思った私は、乳首を引っ張る方向に工夫を凝らしてみることにした。

右に強く、左に優しく、まるで音楽のように、乳首と言う名の楽譜を奏でる。

 

 気づいたら指揮者のようになっていた。

 

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年末に第九を奏でる指揮者。指揮棒は乳首。

第九は日本では歓喜の歌とも呼ばれている。

ふふふ。ミルタンクよ。年はまだ明けてはいないのだよ。お前の歓喜の歌を聞かせておくれ。

 

 

エストロと化した私。そうだ、今年の漢字は「乳」にしよう。乳首の指揮棒で「乳」って書いてみよう。などとひとしきり年末のオーケストラを楽しんだ。

 

 

そんなこんなでフィナーレを終え、「私なにやってるんだろう...」と我に返っていると、相手が口を開きだした。

 

 

「元彼に泣くまで引っ張られたんだよね〜」

 

 

この世には高嶋ちさ子みたいなマエストロもいるのだなぁ。私にはそんなことできない。しないんじゃなくて、できない。

 

 

「引っ張られるとカサブタになって、それがやがてこうやって固まるんだ」

 

 

聞いてもいないのに自らの乳首の起源を語り出した。一生役に立つことのないであろう雑学。そんなこと聞かされてどうすりゃいいのだ。カサブタ作ってあげられなくてごめんねー。指揮棒の振りが足らんかったわー。とか言った方いいのだろうか。

 

 

私がリアクションに困っていると相手が話を変えてくれた。

 

「よく飲みに行ったりするんですかー?」

 

 

あー。たまに誘われてって感じですねー。そちらはー?

 

 

「俺は全然ですねー。お酒飲めないんですよー。」

 

 

えーそうなんだー。新宿住んでるくらいだから飲みまくりなのかと思ったよ。じゃあなんで新宿住んでんの?職場に近いわけでもないのに。

 

 

「うーん...」

 

 

...ん?

 

 

「昔働いてたことがあるんですよねー」

 

 

え?お酒飲めないのに店子とかできんの?

 

 

 「...いや、店子ではないんです。」

 

 

え...?じゃあなに...?え?あれ?...ていうとあれかい?もしかしてあれ?プロの方?プロのミルタンクの方でいらっしゃるの?アタイ、もしかして野暮なこと聞いちゃってるの?え、え、え、あ、あぁどうしよう....言葉がでてこない...

 

 

 

「いや売り専とかじゃないですよ!!!」

 

 

 

 

えぇ!?違うの!?じゃあなんなの?他に何があんの?エッチな玩具とかビデオとか売ってるお店の方?つけ麺屋かなんか?パワーストーンみたいな変な石とか売ってる人?

 

 

「いや、違います」

 

 

じゃあなんやねん。

分からない。

年末恒例クイズ大会。難易度高い。

 

 

ごめん分かんない...ギブです。答え教えてください...。

 

 

 

「なんかマグロでいていいお店で働いてたんですよー。」

 

 

は?なにそれ?築地?

 

 

 

「なんかお客さんが入ってくるとボーイが一列に並ぶんですけど、そこで指名されると地下の部屋に一緒に行って好きに触られたりするんですー。でもこっちは何もしなくてもいいんですよー。」

 

 

セミプロじゃん!!!!

 

ニアリー売り専じゃん!!!!

 

 

 

「えー。でもマグロでいていいんだよー?」

 

 

魚の種類は問題じゃねぇよ!!!!!!

 

 

 

て、ていうかなんでそんな所で働いてたの?普通に仕事してんだからお金に困ってたりするわけじゃないでしょ?

 

 

「なんか一緒に働いてるボーイ達と話したりするのが部活みたいなノリで楽しかったんですよねー。」

 

 

もうダメだ。他人と完全にわかり合うなんてやはり無理なのだ。そもそも私が聞いたのは働くに至る理由であって、働き続けるモチベーションではない。だが、もうそんな細かいことはどうでも良くなってきた。

 

 

 

どうしても嫌なお客さんとかはいなかったの?生理的に無理とか、あるでしょ?

 

 

 

「あー。でも基本はマグロでいていいんでー。」

 

 

 

マグロに心はないのか。冷凍された末に心まで凍ってしまったとでも言うのか。どうすればその心は解凍できるのか。きっとあるはずだ。マグロを解凍してミルタンクに進化させる方法が。

 

 

逆に相手がすごい好みでヤっちゃったこととかはないの?

 

 

「あー。あるねー。2回ある。1回目は普通に好みの相手だから普通にヤっちゃった。」

 

 

それでお金もらえるなんていいねー。2回目は?

 

 

 「2回目は...相手は結構なお爺ちゃんで、本当に無理だと思ったんだけど、お店の大事なお得意様みたいな感じで、店の人からヤレっていうプレッシャーをかけられたんだよね。。で、ヤらされたんだけど、本当にキツくて、身体が閉じるみたいな拒絶反応を起こしてた。結局それがきっかけで店を辞めたんだよね。。」

 

 

意図せずしてレイプ被害者の講演を聴く羽目になったみたいな気分になってきた。本当はいけないのかもしれないが、どうしても、どうしても「自業自得」の4文字が頭をかすめてくる。

 

 

そのお爺ちゃんも、普通の売り専に行けばよかったのに。マグロを無理やり解凍して、彼の心を凍ったままに置き去りにして。そんなことをしてまでそのお爺ちゃんが得たかったものを、自分は普通に手に入れてしまったのだなぁと、変な憂鬱感を得ながら感慨にふけっていると、彼がおもむろにテレビのリモコンを掴んだ。

 

 

「そうだ。今ちょうど映ってんじゃない?」

 

 

彼がテレビの電源をつける。

 

 

は?なにが?何を言っているのだ?

 

 

彼がリモコンのボタンを連打する。テレビはサッカー中継を映し続けている。

 

 

「あー。今日はやってないのかー。」

 

 

話の関連が掴めない。

 

リアル*1した相手は昔マグロだった。そして牛になった。ついでに私はマエストロになった。これ以上何になろうというのか。

 

 

 

「いつもならこの時間に出てるんだけど、今日はやってないみたい」

 

 

何を?何を見ようとしたの?あなたは私に、何を見せようとしてくれたの?

 

 

「●●」

 

 

彼は国民的有名番組の名を口にした。

 

 

まさか。

 

 

 

そ、それに出演しているの?わ、私の、、お、お兄さんが、、、

 

 

 

「うん」

 

 

 

だれ!!!私の穴兄弟だれ!!!!!

年末恒例クイズ大会。最終問題。超難問。

 

 

 

 

「●●●●●●」

 

 

 

彼の口から出てきたのは超有名人の名前だった。嫁も子供もいる人だ。その名前をここで明かしたら社会的に抹殺されてしまうことだろう。

 

 

仕事でどんなに成功しても、結婚して子供に恵まれても、周りからどんなに幸せだと思われていても、埋められないものもあるのだ。

 

そうして生まれた心の隙間を埋めるために、私たちはリアルをしたり、乳首を引っ張ったり引っ張られたり、男を買ったりするのである。社会はそうやって回っている。年末の風に吹かれながら。

*1:SNSなどで知り合った相手と実際に対面することをホモの世界ではリアルと呼ぶ。

キラキラリア充軍団と合コンをした話

衆議院の解散風が吹き荒れている。
野党が頼りないのをいいことに、与党はやりたい放題だ。

 

頼りない側の野党が「格差是正」だなどと叫んだところで、なんだか説得力に欠ける。
貧乏人が「世の中金じゃない」と言おうが、ブスが「人間顔じゃない」と叫ぼうが、ただの負け惜しみとして消化されてしまうのが世の常である。

 

かといって、成金に「金がすべてじゃない」とか、イケメンに「見た目よりも中身が大事だ」などと、安全圏から綺麗事を言われたところで、人の心は救われない。それどころか、多くの場合は嫌味として受け取られてしまうことだろう。

 

よく、IQの差が20以上あると会話が成立しなくなると聞くが、これはIQに限らず、様々なパラメーターに言えることなのだろうと思う。同じ穴のムジナ達が作るムラ社会を生きる私たちは、よそ者には厳しく、格差が作り出す国境線は色濃く線引きを作り上げている。

 

このような外交問題の解決手段として、最初に用いられるのが「対話」である。

 

私の友人にして我が党の外務大臣である難ありアラサー。彼の後輩に「圧力」をかけ、キラキラリア充軍団との合コンをセッティングしてもらうことに成功した。

会社の先輩という経済的優位を用いた圧力が対話を実現するのだから、なんだか皮肉な話である。

 

幹事となった後輩くんは、体育会出身のモテ筋イケメンズを集めてくれると公約を掲げてくれたので、こちらも背水の陣で対話に望む身を切る覚悟をもった3名を追加で集めて新党を結成した。新党のテーマは希望。古いしがらみホモ社会からの脱却を図る。

 

めでたく新党入りしたこのトリオ漫才はいたく張り切っており、「どうしようどうしよう。とりあえず掴みはチリソース手マンの話でいいかな?」などとまったく意味のわからない対策会議を1ヶ月前から重ねていた。

 

後輩の幹事くんは期待以上の頑張りを見せ、イケメンを9人も捕獲してきてくれた。5対9。完全にこちらが野党である。

 

当日は強い雨が降っており、自軍の誰かが「たしか桶狭間の戦いも雨だったわね...」と呟いていた。2万5千の大群を率いた今川軍に、圧倒的不利な状況だった織田軍が奇襲により勝利を納めたという歴史的にも有名な戦いである。

織田軍が奇襲で勝利を納めたように、私たちもキスで勝利をもぎ取れんじゃない!?などと期待に胸と股間を膨らませながら、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

私たちにはまず、一つの不安があった。

キラキラリア充軍団が、自分たちを見た瞬間に冒頭解散を宣言したらどうしよう、という懸念である。

その場合は、私と難ありアラサーが「大義がない!」と批判しながら牛歩戦術で時間を稼いでいる間に、トリオ漫才が女の壁を作って妨害しよう、と決めていた。

 

しかしそこは流石のキラキラリア充軍団。リア充らしくニコニコしながら登場し、我々を見ても顔色一つ変えないというパーティーピーポーぶりを発揮してくれた。しかも、顔面レベルが期待以上に高い。自軍は完全に色めき立っていた。

 

我が軍の漫才トリオの内の1名は「不倫以来はじめてちゃんとした恋ができるかもしれない!わたし前は妻子もちの男と不倫してたの!でも大丈夫!相手にLINEの表示名を『串カツ田中荻窪店』にされてたから!」などと何が大丈夫なのかまったく分からない興奮の仕方をしていた。

 

 

ニコニコしているパーティーピーポーとはいえ、流石に緊張しているらしく、彼らは終始ニコニコしてはいたが、口数はそれほど多くはなかった。

 

ニコニコしていれば無条件に社会に受け入れられてきた者たち。きっと彼らには想像もつかないだろう。面白い話をし続けるという生存戦略を取らざるを得なかったホモたちの気持ちなど。厳しく辛いホモ社会をなんとか必死で生き抜いてきた私たちはもう、ニコニコされているだけでは不安になってしまう身体になってしまったのだ。爆笑を、爆笑をもぎ取らなければ...!

 

 

最初に動いたのはトリオ漫才だった。

「あんた何年彼氏いないんだっけー?」と1人がパスを出すや否や、振られた側の29歳が待ってましたとばかりに「10年だよ!オメェらが中二の頃から彼氏いねぇんだぞ!!」と24歳に向かって叫んでいた。

 

 

マジかよこいつら...事前に計算してきたのかよ...と私が呆れつつも感動していると、一瞬の隙をついた難ありアラサーが「姐さんは何年いないんだっけ!?」とすかさず私めがけて凄いパスを出してきた。澤穂希かと思った。

 

「31年だよ!!!!!」

 

 

私は叫んだ。点が欲しかった。例えそれで、何かを失うことになったとしてもだ。

ずっと喋り続けていた漫才トリオでさえ黙って目頭を押さえるほどの、感動的なシュートだった。

どんな時であっても、澤先輩のパスを無駄にするような私であってはいけないのだ。

 

 

私が点数と引き換えに失ったものに対する想いを巡らせていると、とにかく点数を取りたい漫才トリオはすかさず次のフォーメーションへと動いていた。

 

「私たちは水戸商業高校出身なの!校歌はMINMIのシャナナ☆なんだよ!」

 

もはや何がしたいのか分からない。

漫才トリオだけがゲラゲラ笑っていた。オウンゴールをしたのに点数を取ったと思って勘違いして喜んでいる。

 

しかし、澤先輩のカバーは早かった。

 

「姐さんの母校は!?」

 

私はよくしつけられた犬のように、すかさず答える。

 

「平成手コキ女学院です!偏差値は70。キャンパスは歌舞伎町の雑居ビルの一室にあるの♡」

 

今度はパスの前に余裕があったらしく、事前に目配せまでしてきやがっていたので、我ながら完璧なシュートを決めることが出来た。

 

いける。勝てる。もはや何のために戦っているのか分からないし、勝利の先に何があるのかなんて考えたくもないけれど、一度アスリートになってしまった人間はもう、そのフィールド以外での生き方が分からないのだ。

 

 

あと一点でハットトリックだ。次で決める。今宵のバロンドールは私のものだ。

決意を固めたところで、『串カツ田中荻窪店』がイケメンに「ねーねー。電車何線なの?」と質問していた。動き始めたのだ。最後のゲームが。

 

丸ノ内線だよ」

 

「へー...丸ノ内線なんだー...」

 

 

...

 

 

え!?

 

おわり!?

 

その会話必要だった!?

 

 

何なのこいつ?何がしたいの?おかしくなっちゃったの?いやもともとがおかしいわけなんだからこの場合は正常になっちゃったってことなの?普通の女の子に戻っちゃったの?安室奈美恵なの?完全にchase the chance見失っちゃってますけど!?

 

 

この事態に思わず難ありアラサーも目を丸くしている。まさか味方に奇襲をしかけてくるとは。ハットトリックへの道筋に串カツ田中荻窪店が立ちはだかる。

 

 

 

この難局を切り抜けるには野党共闘しかない。私は今こそ司令塔となる。

 

隣に座っている難ありアラサーに私に対して同じことを聞かせよう。

パスは待つものじゃない。させるものなのだから。

 

そしたら私は「文系に見える理系の人専!この中に文系に見える理系のブス専の方はいらっしゃいませんかー!?」と呼びかけよう。ここから好みのタイプ大喜利が開始するはずだ。そしたら後は漫才トリオあたりがなんとかするだろう。

 

 

固まった計画を実行に移すために、難ありアラサーに「姐さんは何線?って聞いて!」と素早く耳打ちした。

 

あとは彼が指示に従うだけ...なはずだった。

 

 

奴はそれを聞くや否や、目を見開いてこちらを二度見しながら「待ってwwwwww笑いに対して貪欲すぎない?wwwwwww何しに来てんの?wwwwwヤバいwwwwwwwwwwww貪欲wwwwwwwww」と手を叩いて1人で爆笑しだした。

 

 

コイツ...支配欲が強すぎて、自分の意思でパスは出せても、人の指示で動いたことがないのか...ていうかどの口で言ってやがるんだ...

 

 

絶望の淵に立たされた私が呆然としていると、リア充軍団は普通に会話を再開しており、

 

「こいつナイモン*1 のレベルが59もあるんだよねー。」

 

「でも俺ナイモン新しくはじめたんだよね。レベルが高すぎて恥ずかしいから。今はレベル7。」

 

などと貴族の会話を繰り広げていた。モテが財産のホモ世界における貴族。

 

「へー...アンタもナナっていうんだ...」と心の中で反芻しながら、以前23歳のホモにその言葉を伝えた際には世代の壁に邪魔されて伝わらなかった苦い思い出を振り返っていると、なぜか携帯にトリオ漫才の一人からのLINEが届いたことに気づいた。

 

 

 

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もはや何が起こっているのか分からない。

私たちは今まで、ただの自己満足を重ねていただけだったのだろうか。

よく考えたら、私と彼らとの間にはナイモンのレベルに20以上の差がある。会話、成立していなかったのかもしれない。

 

 

 

流石にトリオ漫才も焦ったのか、好きな歌手の話という当たり障りのない会話をはじめていた。

誰かが「倖田來未が好き」といった瞬間、難ありアラサーがすごい反射神経とドヤ顔で「江沢民(コウタクミン)!?」と言いながら1人で爆笑していた。どんだけ笑いに貪欲なんだとさっき私に言ったその口で、である。


だが、次の瞬間、考えるよりも先に、「じゃあ私の天安門も開放しちゃおっかな♡」とナイモンLv59イケメンに向かって口走っていた自分がいた。そんな自分を客観視しながら、一体私たちはどこを目指しているのか、という疑問が頭を駆け巡っていた。ビジョンがないのは、どこの野党も一緒なのだなぁ...と実感した経験だった。

*1:ホモ用SNSアプリ。その人物のモテ度に応じてレベルが上がる。レベル59というのはかなりのハイレベルで、その人とSEXしたいと意思を表明している人が、わかっているだけで4000人くらいいるということだったりする。

【読書感想】サイコパス(中野信子)

サイコパス (文春新書)

サイコパス (文春新書)

 

今よりももっと人生に迷走していた頃、某人材採用コンサルティング会社の採用試験を受験したことがある。面接試験が異常に得意な私はあれよあれよと最終面接まで生き残り、最後に役員からお決まりの「何か聞きたいことはありますか?」という質問を受けるに至った。

 

私の希望職種は、転職希望者に仕事を斡旋する、いわゆる転職エージェントだったので、まずはそのKPIについて尋ねるなどし、彼らの評価指標が「転職成立者の数」であることを確認した。

 

その上で、どうしても気になっていた問いをその役員へと投げかけた。

 

 

「転職相談者の中には転職の意思がハッキリしていない人も多いだろうと思う。仮に私が転職エージェントとなって、ある日、目の前の相談者の話を聞くうちに、この人は転職をしない方がいいと感じたとする。私はどうすべきなのか。」

 

 

金銭を得るための労働はボランティアとは違う。利益を稼ぐことが使命のコンサルタントにとっては、目の前の顧客の契約を成立させることに全力を注ぐことこそが正義なのだろう。

───この人はきっと今の会社にいた方がいいような気がするけど、転職に興味が湧いたという心に嘘はないはずだし、新しい道に進むことが悪だなんて誰にも言い切れないわけだし、、

なんていう風に、自分の中に湧き上がる違和感に言い訳で蓋をして、良心に目を瞑って仕事を続けた先で、胸を張って生きていくことが果たしてできるのだろうか。

 

そんな考えから湧き出た質問だった。

 

 

その役員は、池上彰もビックリするくらい「いい質問ですねぇ...」と10回くらい言いながらこう答えてくださった。

 

 

「そういう場合は転職をさせない方が良いです。何故ならば長期的に見た場合にその方が良いからです。そういう選択は必ず後の結果に響く。」

 

 

 

流石は役員といった感じで、倫理的にはとても正しい回答だと思う。 日経ビジネスあたりの取材にはこう答えるのが間違いなく正解であろう。

 

私はというと、口では「なるほどー」とか答えながら、頭の中は、本当に?本当にそうなの?そんな単純な話なの?という気持ちで溢れかえっていた。

 

今ここでそんな言葉を頂いても、実際に仕事をはじめてノルマに追われるうちに、そんな志はどこかへ行ってしまうのではないか、という疑問を拭い去ることが出来なかった。単に自分の弱さが明るみにでた、ということなのかもしれない。

 

 

結果、せっかく内定を頂けたのにその話は辞退させてもらった。その最終面接を受けた10人ほどのなかで唯一内定をもらえたらしく、フォローもかなり手厚くいい感じであり、会う人もみんな性に合っていたので、勿体無いことしたかもなー、と今でも時々思い出す。ただ、その度に、自分にも良心というものがそれなりにちゃんとあったのだなぁと安心したような気持ちにもなる。

 

 

このような良心を持たない存在であると言われているのが「サイコパス」と呼ばれる人々である。

 

一般にサイコパスというと、猟奇的な殺人鬼を連想する人も多いことだろう。しかしそれらはサイコパスの一部に過ぎない。

 

 

本書は、サイコパスという存在について、どのような特徴を持つのか、なぜ存在するのか、という点について脳科学進化心理学の観点から様々な研究結果を通して紹介がなされている。

 

脳科学の研究結果によると、サイコパス扁桃体という脳領域の活動が一般の人と比べて低いことがわかっているらしい。扁桃体とは人間が考えるよりも先に本能的に活動する際に最も早く反応する部分で、ここの働きが強いと、恐怖や不安といった情動を強く感じやすいのだそうだ。即ち、サイコパスは恐怖や不安といった情動を感じにくく、逆に理性や知性が働きやすいというわけである。

加えて、眼窩前頭皮質という相手に対する「共感」を持つことで衝動的な行動にブレーキをかける部位や、「良心」によるブレーキをかけたり、物事を長期的な視野に立って計算する内側前頭前皮質という部位の活動が弱いケースが多いこともわかっている。そのため、普通の人ならば躊躇してしまうような冷徹だが合理的な判断を平気で行ったり、長期的な損害よりも目の前の快楽を重視する傾向が強くなったりするのである。

 

ゆえに、合理的な判断が必要になる経営者や、冷静さが重要となる外科医などはサイコパスに向いており、実際に割合としても多いらしい。合理的に利益を追求する転職エージェントとかも、そうなのかもしれない。

 

本の中では、スティーブ・ジョブスマザーテレササイコパスだったのではないかという考察も紹介されており、 本当に優秀なサイコパスは人たらしも上手に演じてしまうのかもなぁ、と変に関心してしまったりする。

 

 

進化心理学とは、人間が持つ心理メカニズムの多くは生物学的に環境に適応した結果こうなったものだと仮定して、研究を行うアプローチである。

その理屈で言えば、サイコパスが絶滅せずに今もなお存在しているのは、彼らの存在が人類にとって必要だったから、ということになる。

 

実際に今も世界の中には、殺人を行う者が英雄扱いされる種族があったり、サイコパスの方が行きやすい社会も存在するらしい。生きていくための資源が豊富にある環境では、人は協力をしなくても生きていけるため、そういう風に最適化されていくのかもしれない。

 

一方で、生きて行くための資源を得るのが困難だったり、災害が多い環境においては、人は助け合わなければ生きていけない。そういう社会においては、集団における協力体制が強固でなければならない。こういう社会はサイコパスにとっては生きにくく、逆に、他人に対して共感を持つ能力が発達した人間が多く育つ。だから、日本は欧米などに比べてサイコパスの割合が少ないのかもしれない。また、日本人は他人の顔色を伺いがちだといわれる所以もこのあたりにありそうである。

 

 

私は嘘くさい共感というものが嫌いだった。
そういうのは全部、その本人の弱さから来るものだとずっと信じて疑っていなかった。

ところが、である。

この本を読んでいると、他人の頭の中は、自分が理解していた気になっていたよりもずっと、自分の知らない刺激で溢れているのかもしれないなぁと感じる。

合理的な判断ができることが良いことなのか、暑い共感を抱くことが正義なのかが、どんどんわからなくなる。利益を追求するエージェントと、相談者の気持ちに共感するエージェント、どちらが優れているのかなんて、判断できない。どちらが正しいのかなどと考えることにさえ、意味がないような気がしてくる。

 

ただ、賢い生き方を探ることには大きな意味があると思う。

人間関係がどんなに面倒臭くなっても、好む好まざるに関わらず、付き合っていかなければいけないシーンというものはいくらでも存在する。 そんな時に、「まぁ脳が違うんだからしょうがないかぁ」と割りきって考えられるようになれば、結構楽になれる気がするので、まずはそこを目指そうかな、と思う。 

 

東大生VS平成手コキ女学院

職場の上司が小学四年生になる娘さんに、世の中は不公平なのだ、ということを教えるかどうか悩んでいる、と言っていたので、そういうのは言わなくても勝手に気づいていくもんじゃないですかねぇ、などと答えておいた。

遅かれ早かれ、嫌でもいつかは分かってしまうようなことは、気づいた時にはすでに手遅れでした、ということにだけはならないように、上手いこと道を指し示してあげておくのが親の役目なんじゃないかなぁと思う。私は親にはなれないけれど。

 

 

人が最も不幸を感じるのは不平等を身をもって感じたときなのだそうだ。幸せも不幸も、比べるものがあってはじめて実感できる。そう考えると、この世は不幸で溢れている。それらは時に、はっきりと姿を見せる。

 

私が最もそれを感じる瞬間の一つが、東大生と接した時だ。あそこには日本で一番、輝かしい未来を持っている人間が集まっている。大人への階段を登りきる直前の、最強の子供たち。

人は大人になると同時に、それまで待っていた可能性の大部分を失ってしまう。だからこそ、彼らの持っているそれは、俄然光を放つのである。

 

 

だから、友人の難ありアラサーが東大生との合コンの話を持ってきたとき、わたしの心はとても高まった。

 

彼らの目に、世界がどう映っているのかを知りたい。自分が持っているものがどれほど大きい価値を持つのか自覚はあるのか。エリートもまたその比較の中で苦しんだりもがいたりしていて、結局人間はどこまでいっても同じようなことで悩み続けるんだよって少し安心するようなことも教えてもらえるかもしれない。優秀な人生を歩んで来たが故の、未来への閉塞感も抱いていたりしそうである。日本はもうダメだとか言い出してしまうかもしれない。でも自分は海外に行くから大丈夫だなんてことも言いそうである。私が東大生だったら絶対に言う。それを言うために東大を目指したんだって感じである。

 

優秀な頭脳を海外に流出させることを防ぐために、日本の楽しさを教えてあげることが、今回の私の使命だ。

 

 

難ありアラサーからの「ちゃんと予習しといてね」という指示を受けて、1ヶ月前からその日に向けての予習を開始することにした。

 

東大生たちは日頃どんな会話で盛り上がるのだろうか。私たちがマジカルバナナとかをしている裏側で、彼らはロジカルバナナとかに興じていそうである。

 

「今この瞬間において、日本にバナナは何本あるでしょうか?」などと突然フェルミ推定を要求してきたりするに違いない。

 

そしたら私はこう答えてやるのだ。

 

───この世にバナナが何本あろうと、私には、あなたのバナナしか目に入らないよ(きらりんウィンク)

 

優勝決定である。彼らをロジカルの向こう側に連れて行ってやる。

 

 

相手が全員東大生というキャラクターを持っているので、こちら側は全員平成手コキ女学院卒というキャラクターで臨むことにした。偏差値は80。自己紹介する際には、「一応手コ女です」と言うことにする。これで個性の大きさは五分であろう。

 

 

 

楽しい意見交換会のはじまりである。優勝目指して頑張るゾ!

 

 

 

意見交換会当日、東大生たちは時間より少し遅れて会場に現れた。てっきりキッチリ五分前行動をしてくると予想していたのだが、そこは流石のグローバル基準である。張り切りすぎて10分前に来てしまった私と難ありアラサーとは視野の広さからして違う。

 

 

東大生と言うので、てっきり実験に失敗した志村けんのようなボロボロの白衣に爆発した髪の毛みたいな奴らが来るのかと思っていたのだが、現れたのはビックリするくらい好青年な子たちだった。言われなければ、東大生だとは、しかもホモだなんて気づきっこない。

  

 

彼らはみんな感じが良く、聡明だった。人の言葉の意味を丁寧に救い取り、そこにまた自分の言葉を乗せて相手に差し出す、そんなコミュニケーションを難なくこなす。しかも、エリートとして自覚がある人間特有の癖のあるプライドが少ない。

 

誤解を恐れずに言うと、私が賢い人が好きなのは、加減を気にしなくてよくなるからだ。相手が何を知っていて、どこまで理解してくれているのかを確かめたり、時には勝手に想像したりしながら話すのは、どこかに枷がかけられているような、ゆるいプレッシャーがある。

 

自分よりも賢い人と話すときにだけ、その枷がとれ、話したいことを適当に喋っても許されるような気がしてしまう。

 

 

そうして枷を失った私と難ありアラサーが好き勝手喋りまくって悦に浸っていると、仕事で遅れて来た難ありアラサーの友人が到着した。これでやっと3対3である。

 

彼は席に着くなり自己紹介と称して我々にこう告げた。

 

 

───趣味はネカマです。

 

 

やべぇヤツが来た。

難ありアラサーの友人全員難あり説。

手コ女とか言って勝手にはしゃいで喜んでる我々とはわけが違うホンモノの変態である。

 

 

ドン引きしつつ「何が楽しいの?」と尋ねると「いやぁ...」と煮え切らない回答しか得られないので「流石に相手に実際に会ってみたりはしたことないよね?」と聞くと、「あるよ」との返答。 一体どのツラ下げて会いに行くというのか。

 

「会ってどうするの?なんかいいことでもあんの?」と畳み掛けるように全員で問いかけると「舐めたりしたこともある」ととんでもないことを言いだした。精神的に舐められているという事象と肉体的な感触をごっちゃにしているだけなんじゃないだろうか。

 

この話にどこまで突っ込んでいいのか考えあぐねていると、本人が「俺の話はいいんだよ」などと言い出したので、この話はここで終わらせることにした。この世には開けない方が良い蓋もあるのだ。綺麗なものだけを見て育ってきた東大生たちにとっても、良い勉強になったはずだ。

 

 

今日学んだことを活かして将来は世界をよりよくするためにがんばって働いて、俺らの老後を楽にしてね!難民支援とかしてみよ?まずは早速シリアナ(尻穴)難民を救ってくれないかな?という打診も行ってみたものの案の定華麗にスルーされ、合コンは平和的に幕を閉じた。

 

二次会、三次会、と進むにつれてみんな訳がわからくなってきていたが、翌朝から予定があるという1人は早々に帰宅し、難ありアラサーとネカマと残り2人はオールをする勢いになっていた。

 

私は少し悩んだが、オールは嫌いなので終電で帰ることにした。

 

 

山手線のホームまで辿り着くと、偶然にも先に帰った1人が地べたにあぐらで座り込んで電車を待つ姿が見えた。

日本の満員電車に対する座り込みデモである。

みんなが立って電車を待つ中、1人先頭で堂々と座りこんでいる。彼は3人の中でもとりわけ研究に熱心そうな子だった。

普通の人が当たり前のように諦めて迎合してしまうことでも、自分の意思を貫く人たちがいる。世界を変えてしまうのは、いつだってそういう人たちだ。この人もいつか、世界の常識を覆すような研究をするのかもしれないなぁと感慨にふけっていると、誰かに肩を叩かれた。

 

 

振り返るとそこに、酔っ払ったミス蒲田がいた。

 

 

説明しよう。ミス蒲田とは難ありアラサーの学生時代からの友人であり、彼がゲイライフ界の師と崇めている人物である。ちなみにミス蒲田というのは彼の自称らしい。

聞いてもいないのに、「私はあえて蒲田に住んでるの!あえての蒲田!」と喚くという特徴を持つ。

 

一緒に電車に乗り込み、隣に座って今日は東大生と合コンをしてきたとミス蒲田に自慢すると、彼は聞いてもいないのに「エリートだからいいってもんじゃないの。エリートなのにちんぽが汚いってのに興奮するの」という謎の人生哲学を語り出した。

ミス蒲田の隣には見ず知らずの女子が座り、友達と電話で話しているようだった。電車内なのにマナー違反だなぁ...これだから最近の若者は...と日本の未来を憂いでいると、彼女は何やらこっちをチラチラ見ながら「ねぇどうしよう...」と電話で友達に訴えていた。

 

我々にマナー違反を指摘する権利など微塵もなかった。まずい。流石にこれはまずい。

私の焦りをよそに、ミス蒲田の人生哲学は止どまることを知らず、「今日はクラブに行ってきたの。あそこは男に触られるところを楽しむところ。嫌な相手だったら払えばいいの。それだけ。」などと独自のクラブでの行動術まで語り出していた。

 

流石の私も苦笑いすることしかできずに、東大生の方に振り返るも彼は完全に熟睡していた。誰も蒲田を止められない。

 

世界を変えるのは案外、ミス蒲田のような人間なのかもしれない。

この世にはロジカルだけでは太刀打ちできない相手がいて、偏差値だけでは表せない偏りがある。

大人も子供も東大生も、みんなが不公平の作る制約の中でもがいているこの社会では、ミス蒲田のような、制約を無視してしまえる人間が最強なのかもしれない。 

田舎の高校生だった男、ホモの合コンを開く

予備校も進学塾もないド田舎で生まれたので、自分がスタートラインにすら立てていないことにも気づかずに育った。勉強は得意で成績はよかったのだが、何の疑問も持たずに近所の高校へと進学した。ほとんどの人間が卒業と共に就職する、受験という言葉に縁のない環境。それが自分にとっての当たり前だった。

 

そこには温厚な化学の男性教諭がいて、ここの生徒は伸び伸びしていてとてもいいなぁと口癖のように言っていた。都会の生徒にはない魅力が、ここの子供にはあるのだと。

 

ある日、彼がキレた。授業中に私語が止まないとか、そういうくだらない理由からだったと思う。


大人しく私語だけ注意してればいいものを、その日は虫の居所が悪かったのか、彼の怒りは簡単には収まらなかった。


そして彼は、田舎の高校生連中を相手にこんなことを言い放ったのである。

 

───だいたい皆さんは本当に自分の人生がそれでいいと思ってるんですか?車が好きだからガソリンスタンドで働きたいとか、他の選択肢を考えた上で言ってるんですか?整備工場に努めたいとか、車の設計をしたいとか、自動車メーカーで働きたいとか、もっともっとたくさん選択肢があるのに、どうしてそんなに簡単に決めちゃうんですか!?

 

誰かがこの人にガソリンスタンドへの進路希望を提出したのだろうか。そもそもここでそんなことをバラしていいんだろうか。。などとボンヤリ思いつつ、高校生だった私はこの独演会からかなりの衝撃を受けた。

 

教師であろうと大人は他人の子供に本音なんて話していないんだということが分かったし、自分たちは不幸なんだなぁと思った。

 

人は口に出さなくとも人間に序列をつけるし、自然に他人を見下したり蔑んだりする。

 

 

あの日からだ。

 

 

社会的な成功が欲しいと願うようになったのは。

 

薄っぺらい綺麗事が気持ち悪いと思うようになったのは。

 

新しい世界に行こうとしない人たちを見下してしまうようになったのは。

 

 

何にもない場所で、幸せになる努力もせずに、幸せって言い聞かせながら人生を終えるような、そんな生き方はまっぴらだと思った。そう思わないといけない気がした。

 

 

 

あれから色々あって、もしかしたら、周りの人よりも大分不恰好な生き方をしてきたのかもしれないけれど、誰もが名前を知っている大企業に入って、お金に困らない生活が出来るようになった。

 

他人が当たり前のように持っているものが、自分にはない、ということがたくさんあった。それをひとつずつ埋めて行く、というような毎日を過ごして、やっと目的を果たせたと思えるところまで来た。

 

やっとここまでこれた。高校生の自分が今の自分を見たら、安心してくれるかな。すごいって言って、喜んでくれるかな。

 

 

目指していた場所にたどり着けたと思えたとき、これから何をしようかと考えたら、そこから先が全然見えなくて、次にどこを目指したらいいのかが分からなかった。28歳が終わろうとしていた頃だった。

 

 

そして私はゲイの世界へのデビューを果たした。

 

世間の求める正しい生き方を手に入れることができたと思えてやっと、自分の生き方を探れるようになったのかもしれない。一生懸命世間を追いかけたところで、自分から逃げ切ることはできなかった。

 

ゲイの世界は免許更新センターのような場所だなぁと思った。様々な職業や社会身分の老若男女が一同に会するその場所は、世間の縮図のようだと比喩されることがある。そしてそれぞれに孤独な場所だ。

 

今までに色んな場所で、たくさんの人と接してこれた経験から言えることは、どこにでも好きな人もいれば嫌いな人もいたということだ。それはゲイの世界でも一緒で、世間で使われる区分けよりも、自分の気持ちに従った方がしっくり来るような気がしている。

 

 

 

 ...ということを、先日合コンを開いたときに思い出した。

 

はじめてホモの合コンの幹事をしたのだが、私の友人(以後、難ありアラサーと呼ぶ)が、酔っ払って暴言を吐きまくってしまったのである。

 

事件は誰かが彼に「好きなタイプは?」と質問した瞬間に幕を開けた。

マズい。酔っ払った難ありアラサーにその質問はマズい。

 

───賢い人!

 

私の焦りをよそに、彼は意気揚々と答え始めた。

 

───賢いって言っても色々あるけど、どんな?

 

終わった。と思った。

 

───まず絶対に譲れないのが大卒!MARCH以上!お育ちがいい人!あとはいい会社に入って評価されてる人!いわゆる就活の勝ち組!バカと話してても時間の無駄だって思っちゃうんだよね!バカと話す意味ある?ないでしょ!?ない!!!!!!

 

聞いてもいないことまで答え始めて一人で反語まで完成させてしまっている。当然のことながら周囲はドン引きである。本当は割といいところもあるのに、今日の参加者の目には学歴厨のクソ野郎にしか映っていないことだろう。私自身、自慢できるほど綺麗な経歴というわけでもないし、育ちがいいとも言えないので、複雑な気持ちの中、他人のふりをするしかなかった。幹事だけど。

 

 

この難ありアラサーは化学の先生とは違って、綺麗事を言わない。そこが好きなところの一つだし、信用できるポイントだとも思っているのだが、その結果がこれだ。世間を穏やかに生き抜いていくためには、建前を上手に使うことも必要なのかもしれない。成熟した大人になるということは、心の毒を隠せるようになるということなのか。

 

 

暴言を繰り返す難ありアラサーとは他人のふりをしながら、化学の先生のことを思い出していた。

彼が日常的に使っていた建前。思わず漏らした本音。

本音の方だけが彼のすべてだと思っていたけれど、建前の方もそれはそれで、彼の本心だったのかもしれない。少なくとも、それも含めて彼の魅力だと評価すべきだ。

 

今の自分があるのは、多少なりとも彼のおかげもあるわけで、それはもしかしたら、彼が意を決して放った本音のおかげなのかもしれない。

 

嘘はつかないで欲しい。けれど、厳しい本音は聞きたくない。そんな考えは、幼い子供のエゴだったのだと思う。

 

 

そんなことを考えながら、難ありアラサーの方に目を向けると、彼は最後に、

「でも結局一番大事なのは顔ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」

と叫んでいた。

何が嘘でどれが本当かも分からないような世界で、これほど本音だと確信できることが言えるのもすごいなぁと思いながら、この合コンの終わりを噛み締めた。

24会館へゆく!

言い訳とは時に、私たちを強くしてくれるものである。
臆病で弱い私たちは、行動の責任をすべて自分で背負い込むほど強くはない。

勢いにのまれて仕方なく...どうしてもって頼まれてつい...
そういう言い訳が使えるとき、プライドが息を潜めてくれる瞬間がある。

 

ハッテン場に行こう!と彼は行った。
24会館!と彼は続けた。
7階建てで楽しいよ!ハッテン禁止の普通の休憩所もあるから安心だよ!犬笛さんの好きそうな若めのイケメンも結構いるよ!!彼はまくしたてた。


自分に言い訳をするには充分だった。

ちなみに、人間は自分がしでかしたことは状況のせいだと考え、他人が行ったことはすべてその本人の人格のせいだと思う傾向を強く持つ生き物なのだそうだ。

言い訳で欺けるのは結局自分だけなのである。それでも、それだけで充分だと思える夜だってある。31歳の春がはじまりかけているような夜だった。

 

24会館。
ホモであれば名前を聞いたことのある人間も多いその場所は、新宿2丁目にそびえ立つ有名な発展場である。

発展場とは、まぁ、ゲイが自由恋愛を楽しめる場所である。
そう考えると、新宿2丁目も、この地球だって、広大な発展場なのである。

 

24会館が他の発展場と異なる大きな特徴として、年齢制限を設けていないという事項があると聞く。

性欲をむき出しにする高齢者を前に、わたしは平静を保てるのだろうか。


でも、若いイケメンもいるって友達も言ってるし、若い人といい感じになっていれば、高齢者だってきっと、あとは若い人同士で...とかいって気を利かせて席を外してくれるはず。大和魂ってそういうことでしょ?

自分だって歳はとるわけだし、誰にでも人を好きになる権利はあるわけだし、そういう差別に注意を払うことが、ゲイとして生まれた自分の密かな責務であるなとも思うわけだし。


それがろくでもない経験だろうと、たくさんの景色を見た人間の方が厚みのある人間になれるはずだ。やらない後悔よりもやって後悔!いざTWENTY FOUR。今宵のジャックバウワーは私だ。



わたしはこの日現金を残り300円くらいしか持っておらず、ATMも翌朝午前8時まで受付を停止してしまっていたため、友人に金を借りるしかなかったのだが、何故だかわたしを発展場に連れて行きたくて仕方がないらしい彼は快くOKしてくれた。

実は、彼がはじめてその身を男に捧げてから、まだ半年くらいしか経っていない。それまでは、SEXなんて怖い!などと言っていたくらい、とても純情な人だった。27年間そうして生きてきた彼が、この半年間で驚くほどに変わってしまった。高度経済成長時代の日本並みの変化のスピードである。

人を変えるのは時間ではなくて経験なのだと思う。高度経済成長時代に、日本を目まぐるしいスピードで変化させたのは、その原動力となった日本人であり、彼らを支えたのは、「頑張れば報われる」という経験だったのではないだろうか。

頑張っても報われない社会になってしまったと言われるようになって久しい。今日のこれからの経験が、これから先、自分を支えてくれるようなものになってくれたらいいな。そんなことを考えながら、発展場への階段を登り、その扉を開く。



入ってすぐに靴を預けるロッカーがあり、その先に受付がある。受付には愛想の悪いおっさんがいて、言葉ではなくて目で、先に券売機でチケットを買えと命令してくる。

券売機には入場料2900円の文字。思ったよりたけぇ。友人も同意見のようだ。彼はここには平日に一度来たことがあるだけとのこと。どうやら時間帯によって値段が違うらしい。土曜の夜。発展場にも需要供給分析があるのだなぁ、と変なところに関心していると、友人が何やら焦っている。


「どうしよう...1000円しかない...」


現金を持たない2人のホモが発展場の入り口に舞い降りた瞬間である。このままでは、新宿2丁目で震えながら朝を待たねばならない。

どうしよう。その辺のおっさんに色目を使ってお金を恵んでもらおうか。ホモの食物連鎖。そういうことが出来てしまう自分にエクスタシーを覚えているようなホモを一定数知っている。

だが私も友人も、そんなことができるほど、心はまだ麻痺してはいない。それ以前に、色目の使い方なんて分からない。普段は色眼鏡をかけて世間を見下しているくせに、こういう時に限って眼鏡がどこかに行ってしまう。


仕方がないので、近くで飲んでいる別の友人に電話して3000円ずつ拝借することにした。

発展場の入り口で3000円ずつ借りるホモ。色目を使って誰かに貢がせるホモや貢ぐホモとどちらがとれだけ惨めなのだろうか。



気を取り直して受付へ。友人は携帯を充電してもらうらしく、300円ほどかかるらしい。
いいなぁ。自分も充電したいなぁ。でも300円ここで使ったら本当に無一文になっちゃうなぁ。この先襲われたときに、相手に投げつける銭すらなくなる。せめて生はやめてぇ〜〜!って訴える際に、コンドームを買う金すらなくなる。
そんな風に1人でブツブツ悩んでいたら、受付のおっさんが「2台一緒に預けてもいいよ。でも、預けた子が一緒に取りに来てね。」と、発展場に舞い降りた天使のようなことを言い出した。


ということで、自分の分も一緒に携帯を預かってもらう。友人とはぐれたら携帯を取り戻せなくなるので、「はぐれたとしても、翌朝7時には必ずここで落ち合おう」と、ジャックバウワーらしい約束を取り付けた。友人はさらに「もしも俺が戻ってこなかったら、携帯を取り返して1人で帰っていいから」などとすごくTWENTY FOURっぽいことを言い残してくれた。しかも死亡フラグである。


友人による24会館ツアーがはじまる。
受付があるロビー階が2階。普通に明るくて、まるで普通のスーパー銭湯である。受付をすませるとタオルと館内着の入ったバッグをもらえるあたりも、よりスーパー銭湯感を掻き立ててくる。

「2階にある休憩室はハッテン禁止の普通に寝れるところだから、最悪ここで寝ればいいから!」とのこと。 スーパー銭湯のように1人用のソファーが並んでいる。なるほど、眠くなったらここに来よう。


1階は立ち入り禁止。3階にお風呂がある。
なんと、普通の銭湯だった。
普通にシャワーで身体を洗って普通に湯船に入れる。わりと立派なお風呂である。
もうここが発展場であることなど忘れてしまいそうになる。
さっきから周りにも普通のおっさんしかいない。悪い意味でホモっぽくない普通のおっさん。見た目に気を使うことを諦め、家と会社の往復を繰り返すようなおっさん達。


わたしの不安さを感じ取ったのか、「4階に行くとさらに雰囲気変わるよ」と友人が言う。

上に行くほど若いイケメンになっていくファミコンゲームのようなシステムなのだろうか。楽しみである。


お風呂の中でふと周りを見渡すと、暖簾がかかっている入り口のようなものが目についた。

「あそこはサウナ。サウナの中は発展スペースだよ。」

サウナの中で発展ってなんだ。のぼせたりしないんだろうか。茹でダコみたいになってる人たちがまぐわったりしてるんだろうか。


掻き立てられる知的好奇心。暖簾をくぐってみるとそこには







なんだこれは。

サウナってのはもっとこう、木でできた椅子とかあって、みんなで温まっている空間をいうのではなかったか。こんなのただのダンジョンではないか。


サウナの定義を確認しようとしていると、友人が後ろからアナウンスを開始する。

「この右手にあるのが高温サウナ。まっすぐいくとミストサウナ。」

詳しい。
発展場のくせにミストサウナまであるなんて。すごい。見てみたい。

ということでまっすぐミストサウナに向かう。途中壁に寄りかかっているおっさんやら、向こうから歩いてくるおっさんやらに内心ビクビクしながらも、動揺を悟られてはいけない気がして、ただ前だけを向いてミストサウナへの道を歩む。


しかし予想以上に広い。さっきまでの明るかった浴場が嘘みたいに薄暗い。はっきり言って不気味である。


「この扉の奥がミストサウナだよ」


ミストサウナに突入する。



入ってまずその暗さにひく。しかもなぜか迷路が続く。戦慄迷宮かよ。
そして天井から「プシュー」みたいな音が聞こえてきており、水が降ってくる。
ここで「わーいミストサウナだぁ!」とか言って横になってくつろげる人がいるとしたら、その鈍感力は尊敬に値するレベルである。
だって迷路の最中である。しかも暗すぎる。下手すりゃ踏まれる。生ぬるくて気持ち悪い。

しかし、鈍感力に乏しい私も、知的好奇心はそれなりに高いらしく、この先にある景色をこの目で見たいと思った。

 


そんな想いを胸に抱いたまま不気味な通路の角を曲がると、そこには闇が広がっていた。



真っ暗。本当に真っ暗。パラノーマルアクティビティかよって思った。

しかも、なんか、人が蠢く姿がかろうじて確認できる。怖い。年齢すら推定できない。怖い。怖い。怖い。


わたしは本当に恐怖を感じたとき、言葉よりも先に身体が動く人間だったらしく、気づいた時には来た道を引き返す態勢に入っていた。

そして後ろにいたはずの友人がいなくなっていたことに気づいた。

嘘でしょ。なんなのこれ。どっきり?なんで?なんでいないの?

1人で来た道を引き返す。ミストサウナの入り口の扉を開けて脱出する。友人は見つからない。意味がわからない。ホラー?どっきり?みんなで隠れて、発展場に欲情してる自分を馬鹿にしてるの?
それとも友人まさか、誰かに手足を掴まれたりして、口まで塞がれちゃったりして、今頃もしかして、下のお口も塞がれちゃってたりするの?

た、たすけなくっちゃ。わ、わたしはジャックバウワーだから。

ダンジョンの奥へと足を踏み入れる。一人小走りの自分は明らかに浮いている。あくまでもここは浴室の延長にある場所なので、滑って転ばないように最新の注意を払う。
途中、白人と日本人と思われる3人が入り乱れる国際交流を目撃したりしながら、ダンジョンを彷徨うが、友人はぜんぜん見つからない。

恐怖と不快感が限界に達し、ダンジョンを脱出することにした。

浴室に戻っても友人はおらず、もう探し直す気力も残っていなかったので、仕方なく湯船に入って待つことにした。


五分ほど経った頃友人がダンジョンから無事に生還してきた。
友人は友人で、わたしを見失って探していたらしい。

もー!バカバカバカバカ!心配したんだからね!
恋人ごっこをすることで平静を取り戻しつつ、次のステージに行くことにする。


4階である。


浴場を出てパンツを履いて館内着を羽織る。帯を巻いて、本当にスーパー銭湯だなぁ。とさっきまでの事件を早くも忘れかけていると、友人は帯を締めずにそれを館内着のポケットにあざやかにしまい込んだ。

ストンッって感じで帯をポケットに入れたのである。

スラムダンクかと思うくらい、鮮やかなゴールだった。思わず見とれた。


そうか。帯は締めないのがプロフェッショナルの流儀なのか。と、なにを血迷ったのか私も彼の真似をして、ボディをはだけさせた状態で4階へと突入することにした。



4階は凄かった。すさまじかった。
メインとなる大部屋には二段ベッドが敷き詰められている。人間が歩く通路の両サイドに二段ベッド。二段ベッドが人の道を作っている。

 

二段ベットの中ではそれぞれのドラマが繰り広げられているようだった。みんなここに来るまでに色んな人生があったのだろうなぁ。ここに辿り着けた今は、幸せなのかなぁ、と1人考えを巡らせていた。

 

 

不思議なことに、ぜんぜん人の声が聞こえてこなかった。途中すごい勢いで腰を振る黒人なども見たのだが、体から出る音は凄まじかったが口からは誰も声を出していなかった。

 

真っ暗な大部屋の中では人の顔など確認できず、年齢すら推察が難しい状態だった。パラノーマルアクティビティ2。唯一はっきりしていたのは、来る前に友人から聞かされていた私好みのイケメンの気配などないということだけだった。

 

 

大部屋以外には死体安置所のような細長い部屋が1つあり、そこはとても明るい部屋でみんなが一列になって仲良く眠りについていた。

 

この場所の照明にはONかOFFしかない。明るすぎるか闇かのどちらかだけだ。闇でひとしきり恐怖を感じて光を求めた私たちは、そこで照らされる現実の辛さを知る。

 

 

 

現実から逃げるように5階へと向かう。

 

5階は4階の大部屋のスペースがすべて個室となっていた。普通のビジネスホテルみたいな入り口のドアが並んでおり、代金を支払わない限り中の気配すら感じることができない。

 

無料で入れるのはさきほどの死体安置所の5階バージョンだけだった。4階の死体安置所は蛍光灯で容赦なく照らされているのに対し、5階のそれはプラネタリウムのような青白い光で照らされておりなんだかフォトジェニックだった。顔も身体もはっきりと確認できる。できてしまう。星座のようにまぐわう彼らの姿が。あれはおおぐま座かな?あれ?あっちにもおおぐま座が...おやおや?向こうにもおおぐま座が...おおぐま座...

 

ここからだとデネブもベガもアルタイルも見ることは出来ない。寝デブしかいない。

 

 

5階終了。

 

 

「6階と7階は個室しかないから、特に行くところはないよ。でも見学だけしてきてもいいかも。あ、でも、人が少ないからお尻が洗いやすいよ(^_−)−☆」

 

友人がトドメにすごいアドバイスを語り出したので呆気に取られながら、とりあえず全部の階を見学に行くことにした。

おそらく友人はそろそろ1人になりたいのではないかなぁという気がしたのでここで解散。

 

約束通り、次会えるのは朝の7時になるかもしれない。本当の冒険がはじまる。

 

 

案の定、6階と7階には個室につながる扉以外のものは確認できず、人の気配すらほとんどしなかった。

 

 

さて、どうしよう?

 

選択肢は4つ。

 

・4階の大部屋

・4階の死体安置所(蛍光灯)

・5階の死体安置所(プラネタリウム

・2階の安全地帯

 

 

この時点で眠気がMAXに近づいていたので2階にしようかと思ったが、なんだか勿体無い気がしてもう一度だけ4階と5階を一周することにした。

 

素敵な出会いに恵まれるかもしれない。俺好みのイケメンもいると言っていた友人の言葉を信じたい。

 

 

 

しかし現実はあまりにも残酷で、イケメンなんてどこを探しても見つけることはできなくて、そこには恐怖しかなかった。

 

仕方なく2階の安全地帯に避難することにした。

 

 

深夜帯なのでスペースがないかもしれないという不安に駆られていたが、奇跡的に1人がけソファが1台だけ空いていた。神様。ありがとう神様。

 

 

前列が禁煙席で後列が喫煙席というソファが2列に並ぶその場所は、前列なのにも関わらず恐ろしくタバコ臭かったが、贅沢はいってられない。

 

 

ここで朝を待とう。友人が今どこで何をしているのかは考えないことにしよう。満喫で夜を過ごすのと金額的にも同じくらいだし、良い経験ができた。恐ろしくタバコ臭いし、備え付けのブランケットが肌に触れることすらも生理的になんだか嫌悪感を感じたりするけれど、こんな経験なかなかできない。モノよりおもいで。プライスレス。

 

 

 

目を閉じれば、地球上どこにいても同じ体験ができる。すやすや眠るだけ。平等な体験。隣で寝ている人のイビキがすさまじいけれど、明日のために寝よう。このソファが今は私だけの世界。

 

 

 

むにゃむにゃ

 

 

 

 

むにゃむにゃむにゃ

 

 

 

 

むにゃ?

 

 

 

 

 違和感。

 

 

 

 

 なんだろうこの違和感は。

 

 

 

 

ブランケットに包まれた身体になにかが触れる感触がする。世界の蠢きを感じる。

 

 

 

目を開けた瞬間、そこには変わり果てた世界が広がっていた。

 

 

 

知らないおじさんが私のブランケットの中に手を入れている。

 

 

 

ヒィヤァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!

 

 

わたしの叫び声が静寂を切り裂く。

 

実際は怖過ぎて満足に叫ぶことなどできず、出来損ないの悲鳴をあげるのが精一杯だった。

 

大部屋でさえ壊されることのなかった静寂をわたしが壊してしまった。

 

 

恐怖で目を見開くわたしにおっさんが驚きの表情を向ける。

 

お前に驚く権利があるのかよという想いに、目を逸らしたらヤられるという恐怖が注がれる。

 

 

硬直した表情でおっさんに視線を注ぎ続けると、おっさんは「おっとうっかり指定席を間違えちゃった」みたいな顔をしてどこかへと去っていた。

 

 

 

おっとうっかりじゃねぇよ。

ここはハッテン禁止ではなかったのか。
よくよく周りを見渡してみると、ソファでブランケットに包まれて眠っている人の横に立て膝をついたおじさんが点在していることに気づいた。立て膝おじさん連中がブランケットの中に手を突っ込んでいるのが見える。

 

 

地獄だ。

 

 

この世界に安住の地などなかったのだ。

 

 

さきほど周りを見渡した時にもう一つ気づいたことがあった。

 

この空間の中で圧倒的に自分が一番かわいい。

 

ここで寝たら間違いなく襲われてしまう。

 

 

いますぐここを出たい。

 

 

しかし所持金は300円。携帯も友人がいないとフロントから取り返せない。

 

 

私の私による私のための一人不眠不休マラソンがはじまった。

 

朝7時に友人が迎えにきてくれるはず。そのときまで必死に一人眠気に耐えた。

 

有り金をはたいてまで、なんでこんなことしているんだろう。

寝てもいい場所なのに、寝ることができない。

部屋の中央のTVに映るよく分からない通販番組を見ながら、じっと朝を待ち続けた。

 

 

ついに待ちに待った朝7時がきた。
友人が迎えにきてくれるはずである。

 

しかし、なかなか来ない。

10分ほどすぎても、友人は現れてはくれない。

 

 

もしや、何かあったのだろうか。何もなくても私の精神はもう限界を迎えていた。一刻も早くここから脱出したい。

友人を探しにいくことにした。

 

まずは手始めに自分の居たソファルームを探索する。

ブランケットに手を突っ込んでいる立て膝おじさん達がまだいる。この人達のモチベーションはなんなんだろう。

 

仮にこの中に友人がいた場合、手を突っ込まれていた場合、あるいは手を突っ込んでいた場合、私はどうしたらいいんだろう。

 

祈るような気持ちで友人を探すが見つからない。

 

 

隣の部屋に移動する。さきほどの部屋が一人がけソファ部屋だったのに対し、こちらは雑魚寝部屋である。

ここは2階だからハッテン禁止のはず、はずだったのだが、扉を開けた私はさきほどまで自分がいた場所がいかに安全だったのかを知る。

 

寝ているおじさんのパンツの中のモノを取り出して自分の手でコスコスしているおじさんがそこにいた。

しかも人組みどころじゃない。そのような団体が4組様くらいいらっしゃる。広くない空間にそのような人達が敷き詰められている。

もう意味が分からない。というか何が楽しくてそんなことやってるんですかと聞いて回りたい。お前のモチベーションはいったいなんなんだと。

 

一刻も早くその場を離れたい衝動に駆られるが、私にはミッションがある。この場所から友人を探し出すというミッションインポッシブルが。

 

泣きそうになりながら友人を探すが見つからない。

 

 

上の階に進むしかない。

 

 

3階へとゆく。お風呂場である。

友人は私を待たせて風呂にゆっくり入っているような性格ではないし、風呂の奥のサウナには二度と行く気がしないのでここは入り口で引き返す。

途中風呂場の鏡に映る自分の姿が見えた。

 

かわいい。

 

30年間生きてきて最も自分がかわいいと思った瞬間である。
肌が若くてピチピチしている。徹夜明けとは思えない瑞々しさがそこにある。ちょっとしたアイドル感さえある。

人の評価とは人類の永遠の課題であるが、それはいつだって相対評価だ。自分の評価をあげたければ、属する集団を変えればいいのだなぁという気づきを得た。

 

自信を取り戻しつつ4階へ。大部屋である。

収容人数の比率を考えるとここにいる可能性がもっとも高い。

しかしここは闇の間。顔もまともに確認することすら難しく、発見は困難を極める。

 

そもそも、ここで友人を見つけることができたとして、私はどうしたらいいのだ。

お楽しみ中の友人に対して、「帰るよ〜」とか平然と言い放つ強さが自分にはあるのだろうか。もしも友人があられもない姿になっていたとしたら、それこそ平静を保てる自信がない。

 

帰りたい。見つけたい。けれど、見つけることがなんだか怖い。

 

 

もうほとんど半泣きで大部屋を回るが、やはり暗すぎて何も確認できずに終わった。

 

 

次は死体安置所である。そこはとても明るい場所なので、仮に友人がどうにかなっていたとしても、はっきりとその姿を確認できてしまう。

 

死体安置所で変わり果てた友人の姿と再開したとき、私はどうなってしまうのだろうか。その場で泣き崩れたりしてしまいそうである。

 

心配だからいい加減見つけたいけど、どうかここにはいないでほしい...

祈るような気持ちで死体の姿を確認していく。

 

 

友人を見つけることはできなかった。

 

 

それは5階においても同様で、友人の姿は確認できなかった。

 

 

どうしよう。やはり4階の大部屋だろうか。しかしあそこはもう嫌だ。本能が拒否している。

 

 

私は友人が死亡フラグと共に言い残した言葉を思い出していた。

 

「もしも俺が戻ってこなかったら、携帯を取り返して1人で帰っていいから」 

 

 

 

帰ろう。

 

 

フロントへと向かい、携帯を自分の分だけ返してもらえないかと打診する。

 

 

 

 

ものすごい怒られた。

 

 

 

「預けた人が取りに来てっていったでしょ!!!後から問題になっちゃうでしょ!!!!!!」

 

などとよく分からないまますごい怒られた。

 

 

私はただただ頭を下げ続けた。

31にもなって、朝7時過ぎからハッテン場の入り口でこんなに説教される日が来るなんて思いもしなかった。

 

 

それでもなんとか携帯を返してもらえた。

 

やっと帰れる!

もうウヒョーって感じ。

外に出れるだけでこんなに嬉しいなんて。脱獄犯並みのアドレナリンが分泌されるのを感じる。

 

 

そうして私は24会館を後にした。

 

友人からは11時に「寝ちゃってたー!」と連絡が来たが、あの場で寝過ごせるほど熟睡できるなんて素直に尊敬した。たぶんどこでも生きていける。ハッテン途上国でも暮らしていける人だと思った。

私は多分、トイレが綺麗な先進国でしか生きていけないんだろうなぁと思った。